はつきりしないところがあつたやうであります。経済戦とか、思想戦とか、宣伝戦とか、さういふ方面のことはしばしば耳にしたのでありますが、例へば、生活戦といふやうなことは、あまり皆さんもお聞きにならなかつたのではないかと思ひます。
 しかし、一般国民として、既に戦線にあるのもおなじだといふ心構へからすれば、日常生活、即ち、敵との戦ひを意味するのでありまして、敵はあらゆる手段を以て、直接間接にわれわれの日常生活を脅かさうとしてゐることに気づかなければなりません。
 物資の不足は、嘗ては戦争の偶然の結果と考へられもしたが、今日では、これがそのまゝ戦争の姿であり、敵の作戦がこれを目的としてをり、われわれがこれに対して戸惑ひすれば、それだけ、敵は凱歌をあげるのであります。
 買ひ溜めとか闇取引とかいふ行為は、従つて、国民相互の信頼と協力を困難にするものでありますから、これは明らかに、敵を利する裏切り行為であります。
 それほどのことゝは思はずに、われわれは、衣食住の上で、または人と人との接触の上で、つまり、日々の生活のあらゆる瞬間に、戦ひつゝある日本の力をすりへらし、敵国に乗ずる隙を与へてゐるのであ
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