て、正面の小窓が開く。長髪の男が家の中をのぞき込む。
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男  今頃|家《うち》をあけるなんて、しやうがないなあ。僕はまあ仕方がないとして、御亭主が帰つて来たら、問題だぜ、これや……。それとも、僕が国へ帰つたのを幸ひ、今日は夫婦連れで浅草へでも出掛けたかな。さうだとすると、僕は鍵をもつてないから、家ん中へはひることができない。どれ、鞄を縁の下へでも放り込んどいて、ひとつ、鴨子《かもこ》嬢のところへ遊びに行つて来よう。(硝子戸を締め、立ち去る)

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この時、勝手の方から、洋服姿で折鞄を抱へた男が、のつそり部屋の中に現はれ、茶の間を横ぎつて座敷の方へ行く。しばらくして、またインバネスに手提鞄を提げた男が、同じく勝手の方からはひつて来る。後から来た男は、そこへ立ち止つて、奥の方をすかしてみる。
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男  (半ば恐る恐る)誰だ、そこにゐるのは?
奥の声  さういふ君こそ誰だ。
男  名前を言つても、恐らくは知るまい。
奥の声  なんの
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