それで、たうとう、二人で相談したんですの、お互に呼吸抜《いきぬ》きをしようつて……。
詩人  僕のゐない間だけ。
妻  さう、一週間だけ、つまり、世帯休業《しよたいきうげふ》よ。夫婦生活の休暇ですわ。

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この時、夫が帰つて来る。妻の姿を見て、別に驚きもせず、かるく会釈をする。
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詩人  奥さんからすつかり聞きましたよ。今、休業中なんですつてね。
夫  だが、あなたに関係はありませんよ。
妻  さうよ、あなたは平気でいらつしやつていゝのよ。
詩人  すると、どういふことになるのかなあ。僕のいろんなことは誰がしてくれるんです。それは世帯以外と認めるんですか。
夫  無論です。
妻  でも、あたしは、なんにもしませんよ。第一、けふ帰つて来たのは、全く偶然なんですもの。
夫  偶然でもなんでも、鳥羽さんの世話だけは、お前の役目だ。
妻  戯談《じようだん》おつしやい。下宿人をおいてるつていふのは、誰のためなんです。あたしのためばかりぢやありませんよ。
夫  おれのためばかりでもない。
詩人  世帯のためだ喃《なう》。
妻  さうです。ですから、その方も休ましてもらひます。
夫  おい、おい、そんな無茶をいふやつがあるか。
妻  なんです。それは誰に向つておつしやる言葉です。あたしは約束の期間中、あなたから妻といふ取扱ひをうけないはずでしたわね。
夫  それと、これとは問題が違ふ。
妻  いゝえ、違ひません。約束の条文を変更しない限り、あたしには、なんの義務もありません。
夫  さういふならそれでいゝ。お気の毒だが鳥羽さんには、もうしばらく国へ帰つてゐて頂かう。
詩人  僕は国へ帰るのは困りますよ。そんなわけなら、どこかほかへ、下宿を探しませう。しかし、一体、その約束の条文つていふのは、どういふんです。差支なかつたら、僕に聞かしてくれませんか。或ひは、解釈の仕方で、奥さんが言はれるほどの面倒な結果にはならないかも知れませんよ。
夫  いや、実は、かういふわけなんです。われ/\夫婦は、一見ほかの夫婦と変つたところは、ないやうなんですが、よくその関係並に現在の状態を突つ込んで考へてみると、世の中にはまたとない不思議な夫婦なんです。(間)われ/\は、もと/\恋愛から出発した結婚をして
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