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夫、挨拶もそこ/\に玄関に出る。妻の母が送つて出ようとするのを妻が裾をとらへて放さない。
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第三場

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その日の夜、夫と妻が座敷の隅で立話しをしてゐる。
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妻  母さんを信用しない訳ぢやないけど、預つてやるつていふその目的が、あたしには分らないの。
夫  預つてやるつていふんなら、預けておいたらいゝぢやないか。僕がそんなこと口出しは出来ないよ。
妻  だから、それはあたしが云ふからいゝのよ。たゞ、一緒に行つて頂戴つていふの。女一人でそんな大金を受取るの、なんだか心配だし、どうせあたしが貰つたもんなら、あなたと二人のもんですもの。
夫  お前の気持はよく判るよ。だが、お母さんとしちや、僕に使はしたくないんだらう。赤の他人に、甘い汁を吸はせるやうな気がしてるんだよ。
妻  そんな法つてないわ。夫婦なら、どこまでも夫婦ですもの。

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この時、階段を下りてくる足音がするので、二人は慌てゝ外の事をし出す。詩人があらはれる。
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詩人  火種がなくなつちやつた。少し貰つて行きますよ。
妻  そこのを持つてつちやいやですよ。すぐおこるんだから、瓦斯《ガス》でおこしてらつしやい。

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詩人渋々台所へ行く。
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夫  (小説を声高に読みはじめる)「芳町《よしちやう》で幅の利く顔役、弥太《やた》五|郎《らう》源《げん》七が出先から子分に持たせてよこした手紙を見た女房おげんの顔の色がさつと変り……」――それで、今の話しだが、心配なら送り迎へだけしてあげよう。
妻  ずつと門司までよ。
夫  (詩人の方に気を配り、読む)「すぐ近所にゐる主立つた子分数人を呼びよせた」――(妻に)それでもいゝよ。
妻  いつ発《た》ちませう。手紙には、すぐ来いつて書いてあるのよ。(低く)
夫  (読む)「みんな早速来てくれて有難うよ。実は出先から親分がこんなことを云つて来たのだ。さあ見てくれ」――(妻に)明日《あした》でもいゝよ。
妻  着て行く着物は、どれに
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