と。記者は最後につけ加へる。
「その運転手は馬鹿な男だ。なぜ自動車の中に落ちてゐたなら、自分でそれを持つてゆかずに、仲間の一人に、はい私がどこそこで拾ひましたといつて届けさせ、懸賞の十万フランを山分けにしないのだ」
          ★
 そこは、カルチエ・ラタンの一隅、パストゥウルの並木道だ。マロニヱの落葉が、十月の風に舞ひながら、石畳の上をすべつてゆく。大戦後間もなく、パリは街燈が消えたままだ。
 デセエル一皿を倹約して、僕は行きつけのレストランを出た。
 地下鉄道《メトロ》の入口に影絵のやうな人の動きが見える頃だ。
 独り歩きの散歩にあきて、傍のベンチに腰をおろした。
 すると、どこからともなく、一人の男が近づいてくる。
「今晩は」
「どなたでしたかね」
「初めてお目にかかるんです。君は支那の方でせう」
「…………」
「さうぢやない」と答へるのは野暮の骨頂である。さういふ時“Non, Jes uis Japonais.”とでもいつて見給へ、そして相手が気の毒さうに詫でもいふと思つて見給へ。それこそとんだ間違で“〔Ca m'est e'gal〕”(どつちだつておんなしだ)が関の山だ
前へ 次へ
全21ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング