単純にして、かつ、微妙な精神労作である。私は今日まで、この初歩的な論理を現実の面にあてはめて考へる必要のある時機は少いと思ふ。
 なぜなら、世の風潮はすべて、この関係をさかさまにしようとしてゐるからである。
 日支の紛争についても、まづ私は、その原因と称せられることがらが、果して、真に原因そのものなりや否やを疑つてゐる。私に云はせれば、それこそ今日の結果の最初の現れであり、原因は寧ろ、今日結果とみるところのものゝなかに厳として存在するのである。
 両国の指導者はこゝに想ひ至らねば、永遠の和平など議する資格はない。
 話は違ふが、昨日ある新聞社から電話で、所謂「チブス饅頭事件」の判決が発表されたが、懲役八年は意外とは思はぬかといふ問ひであつた。その問ひの意味は、世間の同情が当の被告に集つてゐる折柄、第一審で三年の云ひ渡しがあつたのであるから、控訴の結果、更にその罪が重くなるといふのは、世間の期待を裏切るやうに思はれたのであらう。私はそれに対して、新聞のニユースだけの知識でそんな判断はつけかねると答へた。男性の忘恩と冷酷さを挙げて、被告の罪を軽しとみる人もあるやうだが、その考へ方なども私に
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