春日雑記
岸田國士
去年の秋からどうもからだの調子がわるく、新聞の仕事があつたので、用心して入院したり転地したりした。
話をするとどうもいけない。それでなるべく人にも会はず、会つても向うにばかり話をさせておくといふ風で、これもなかなか骨の折れる修業である。
その間に、しかし、私は、偶然各方面の人々と識り合つた。どこでも同じと思ふが、人が寄れば必ず戦争の話である。それもいろいろな角度から、それぞれの現象をとらへて、めいめいの観察や批判を下すのであるが、案外、お互に人の知らないことを知つてゐるのに驚く。
ところで、私が最も奇怪に思ふのは、われわれは、その「知らない」ことを計算に入れずに、あれこれと判断めいたものを下してゐることである。
「すべてを知つてゐる」ものからみれば、それらの判断が噴飯に値するであらうことはまことに想像にあまりがある。
しかし、また一方、あることを「知つてゐる」から、その判断は常に正しいと云へないところもある。また、よくしたもので、「すべてを知る」といふことは、当の人間が信じてゐるほど容易なことではないのである。
原因と結果とをはつきりさせることは、最も
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