、それは僕の作「チロルの秋」である)
「芝居といふ建物の中では、どうにか葉が茂り花も咲くかも知れない。然し、吾々が現在吾々の周囲に見てゐる人生といふものゝ中に持ち出したら、恰度、温室から冬出された夏の花のやうに、忽ち萎んで了ふだらう」
批難といふものが、これほど讃辞と一致する例《ためし》を、僕は未だ嘗て知らない。
僕は、僕の戯曲を、夢にも芝居といふ世界から外へ持ち出す野心はない。野心がないどころか、そんな事をされては迷惑至極である。
それにしても、僕は、自分の書く戯曲が、果して、温室へ入れてまで、葉を茂らせ、花を咲かせるほどの植物であるかどうか、その点で、既に大きな疑ひをもつてゐる。
日本演劇界の耆宿小山内君から、さういふことについて、もう少しはつきりしたことを云つて頂きたかつた。たゞ、「舞台は人生の温室なり」といふ美しい定義は、これから、僕のものとして取つて置きたい。
わが見すぼらしき在るか無きかの花よ――花と呼ばれたればこそ、かくは今汝を呼ぶなれ――わが愛する室咲《むろざ》きの花よ――
希くば、此の寒空に、汝の温かき住家《すみか》を出づる勿れ。
底本:「岸田國士全
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