ス嬢の嫉妬を受けて国立劇場を追はれ、オデオン座に入つた。彼女はあらゆる生活の辛苦を嘗めながら、舞台に流す涙の残りを夫の枕頭に注いだ。
彼女は、一切の誘惑に打克つた。そして、ヴィニイが云つた如く「理想の純潔さ」の中に夫の後を追つた。
どうです。かういふ女優もあります。(尤も此の女優については、全然これと反対な風説もある)
フェイ・ヴォルニイといふ女優は、同時に熱烈な加特力教的詩人であつた。
デュマが、自作「カリギュラ」の主人公、メリサンヌの役に彼女を推した時、彼女は、断然之を拒絶した。
「正しい女は、さういふ穢らはしい役に扮することを恥ぢなければなりません」
彼女は心臓病で将に息を引取らうとする時、静かに眼を見開いてかう呟いた。
「イエス、マリヤ、どうか、あなたの平和と愛の天国で、わたしに美しい役を演じさせて下さい」
今は故人となつたアンリイ・バタイユの愛人は誰も知るイヴォンヌ・ド・ブレエ嬢である。バタイユは彼女の為めに書き、彼女は彼の為めに演じた。
バタイユが急病で斃れた時――それはブウロオニユ街の美しい並木に添つた宏大な邸宅である――イヴォンヌ嬢は入浴中であつた。慌
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