になつてゐたのだ。
 わたしはそれを知つた時に、自分を制御しようと努めた。が、それは不可能なことだ。わたしは、そのために、あらゆる精神的努力を傾倒し尽した。わたしは、あらゆる慰藉の手段を探し求めた。処が、わたしが教育した女が、少しの才能もなく、少しの美しさもなく、そして、その女が、わたしの人生観を根柢から覆したと思ふ時、わたしは悲嘆にくれた。それでも、彼女が、自分の潔白なことをわたしに告げた最初の言葉で、わたしは、わたしの疑ひが不合理であることを感じた。わたしは彼女に冤しを乞うた。
 然しながら、わたしの態度は、少しも彼女の心持を変へることはできなかつた。わたしは苦しい。わたしを憐れんで下さい。わたしの情熱は、彼女の利害に同情を持つほどまでに進んではゐた。なるほど、父として彼女を愛することはいゝことかも知れない。然し、わたしは、一つしか愛し方を知らないのだ。一つしか愛し方はないと思つてゐる。……」
 これは、当時、「評判の女優」といふ標題で発行されたパンフレツトの中に、モリエール自身の告白として掲載されたものである。その真偽はしばらく措き、モリエールは一生涯、浮気な妻の為めに、あらゆる
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング