女性へ 1
岸田國士

 私はこの事変以来、全日本の女性の祈願を日夜、胸の底に聴き、彼女たちが、歴史上いまだかつて見ないこの民族の大試煉に堪へる力のみが、やがて祖国日本を救ふであらうと固く信じてゐるのである。
 一国の政治が男子の手に委ねられてゐるといふ見方からすれば、女性は悉く被治者の地位に立つものゝやうであるけれども、さういふ意味の政治は、今日誰の眼にも行きづまりが感じられ、日本は将にかゝる政治の支配から立ち直らうとしてゐるのである。すなはち、万民翼賛の新政治が、われわれの大きな希望をはらんで生れ出ようとしてゐる。
 小は一家の雰囲気から、大は社会の風潮に至るまで、女性のこまやかな心情を以て、これを「あるべき姿」に導くことは、今をおいて他に機会はないやうに思ふ。
 人心の荒廃は、日本の未来を何よりも暗くするものである。動乱のなかに、混沌のなかに、静謐と調和を求め見出すこと、そして、日常生活の物質的脅威を超えて、精神の豊かさを飽くまでも保つこと、これが日本女性に課せられた絶大な任務である。
 ともすれば目前の事態に狂奔しがちな男性の傍にあつて、われわれの子孫に残すべき心の糧を築いておくことは、これまた女性の尊い権利である。あなたがたは、これからの日本人がいかに育てらるべきかを主張しなければならぬ。あなたがたは、すべての男性に、かくあるべしと強く要求することができる。その要求が正しいといふことは、あなたがたが真に国を愛することなのである。
 日本の輝かしい文化のために、わが民族の永遠の矜りのために、私は全日本女性の声として「ゆかしく凜々しく」といふ言葉を一斉に聞きたいと希つてゐる。(昭和十六年九月)



底本:「岸田國士全集25」岩波書店
   1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「生活と文化」青山出版社
   1941(昭和16)年12月20日
初出:「朝日新聞」
   1941(昭和16)年1月7日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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終わり
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