至屈辱を意味するのだから、さういふ親善ならごめん蒙りたいし、それよりも、かゝる美名のもとに行はれる日本の侵略を民族の血をもつて防ぎ止めようといふわけなのである。実際、これくらゐの喰ひ違ひがなければ戦争などは起らぬ。そこで、事変勃発以来、日本の朝野をあげて、われわれの真意なるものを、相手にも、第三国にも、亦、自国々民にも、無理なく徹底させ、納得させるやうに努めて来、また現に努めつゝあるのであるが、問題がやゝ抽象的すぎるために、国民以外の大多数には、まだ善意的な諒解が十分に得られてゐないやうである。
 これは考へてみると、わからせるといふことが無理なのである。なぜなら、日支の間に如何なる難問題があつたにせよ、それが戦争にまで発展するといふことは常識では考へられない。すなはち、民族心理の最も不健康な状態を暴露してゐるわけで、そのうへ、両国の為政者自らが、それに十分の認識があつたかどうかは疑はしいからである。戦争になつたことを今更かれこれ云ふのではない。戦争がさういふ危機を出発点とすることはあり得るし、戦争によつて、何等か打開の道が講ぜられる期待はもち得るのであるけれども、この事変の目的とか、
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