ども、支那を墳墓の地と定めてゐる彼等の大部分にとつて、この度の事変は好ましからざるものであり、理窟の上よりも先づ感情的に支那の同情者たらしめてゐることは事実である。現地のわが将兵が、この空気を敏感に読みとるのは当然である。
 しかしながら、本国の政策に準じて日本の逆宣伝を試み、日本の軍事行動を阻害するといふやうな、非打算的な冒険が、結果に於て何を齎すかといふことぐらゐは、こつちの出方ひとつで彼等にわからせることは容易だと思ふ。
 まして、支那民衆の幸福のために、彼等が真に宗教家の信念と良心とをもつて一切の「政治」の外に立つといふならば、話は至極簡単である。日本当局は、彼等をして安んじてその教義を説き道を行はしめるがよい。看視の方法はいくらもあるのである。
 徒らにその国籍によつて個々の教会に差別を設け、徹頭徹尾これを「政治的」に処理しようとするのは、決して「政治」としても上々の成績は挙げ得ないのではないかと思ふ。彼等は、今日、もはや日本軍の寛大に頼るよりほか、己れの使命を達成する道はないのである。外国の権益は成し得る限りこれを尊重するといふ百の宣言よりも、現地に於て、彼等の人間的感情を
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