まりに刺戟を忌むといふ類ひの人間である。
 そのくせ、生温い味噌汁と、灰色の空と、わけても、Je−m'en−foutiste《ドウデモイイニスト》 は大禁物である。

 私は性陰鬱にして、社交に慣れず、短気なれども関心薄く、夢を抱いて夢を追はうとしない。

 私はまた、無作法を恐れてぎこちなくなり、殺風景を軽侮して野暮に陥つてゐる。都会に育つて都会生活のスタイルを解せず、待合とカフエエへは一人ではいれない。
 私はまた、小学校の運動会を見に行つて胸をつまらせ、代議士の演説を聴いて吹き出し、経師屋が約束の日を守らなかつただけで、額に青筋を立てるのである。
 私は、小児の如く感じ、老人の如く考へる。かういふと自慢のやうだが、それ故に、それ故にのみ、単純にして分別臭い。言ひ換へれば、幼稚でくどい。

 私は、自分の作品で、自分自身を語らうと思つたことはない。自分の求めてゐるものを現はさうと努めてゐる。自分の求めてゐるものは、自分に欠けてゐるものである。それが自分自身を語ることになるのなら仕方がない。
 私は、自分の作品の中に自分の姿を見ることを恐れはしないが、自分の姿を透して、ある一つの影を
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