焦れつたい。
 私の観るところ、文学者としてさういふ意見を発表してゐる人々は、何れも立派な心掛けをもつてゐる人々で、いはゞ、日本人としても、世界人としても精神的貴族の部類にはいる人々なのである。ほかにいふことがなければとにかく、相手の議論が世に害毒を流すといふ理由で、それ/″\相手を打ち負かさうと意気込むその態度はなるほど真剣ではあらうが、翻つて、その意気込みの相反撥する結果を考へたならば、読者大衆を五里霧中に追込むだけである。そこから、努力してはひ出るものは、荒れ果てた土壌の上に茫然と眼をおとさないわけに行かぬといふのが、ともかく日本の現状なのである。
 官僚風に挙国一致などを強ひるわけでは毛頭ないけれど、文学者は、もつと高遠な思想に遊ぶか、もつと卑近な現実を直視すべきであつて、所詮そこでは、日本人の頭で、文化の未来を考へ、日本人の心情で自他の幸福を思ふよりほかないのである。
 平明に哲学することのできぬ国語での、半分づつわかりあつた論戦にはお互にもう倦きてもいゝ頃ではないか。対立する思想よりも、共通の観念に興味を持ちはじめたのが例のヒユウマニズムの呼び声だと思つてゐるうちに、ヒユウ
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