稽古雑感
岸田國士
「盗電」の舞台監督を引受けた時、すぐ作者の金子洋文君に会つて、いろいろ相談したいと思つたが、生憎金子君は旅行中だといふことで、止むを得ず、自分だけの解釈に従つて稽古を進めた。
然るに、旅行から帰つて稽古を見に来てくれた金子君は、私の解釈の誤つてゐる部分を指摘してくれたが、それは可なり重要な点に触れてゐるので、自分は少からず弱つた。
あの「見すぼらしい男」は、最初から、あの「女」が幼馴染であることを知つてゐるのだと云ふのである。私は、寧ろ、初めのうちはそれを知らずにゐたが、だんだん或る「神秘的な交感」によつて、お互に記憶を呼び覚まして来るのだといふ風に解釈した。
もう稽古日も残り少くなつてゐる。今からやり直してゐると形がつかなくなるばかりでなく、却つて印象があやふやなものになつてはおしまひである。幸ひ作者の許しもあつたので、そのまゝの解釈で押し通すことにした。
しかし、変なもので、俳優が、此の作者の意見を知つてからといふもの、何となく、そつちの方に引つ張られてゐる気持がはつきり私に感じられた。作者もそれに気がついてゐたらしい。
私は、なるべく俳優の自発性
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