とであつた。旱《ひでり》が続いた。朝晩、丹念に水をやつた。萎れかけてゐた葉が、茎が、活き/\と伸び上つた。立派についた。
「なあに、コスモスなら、ほうつといてもつきますよ」
 今になつて、人が、かう云つたとする。
 あなたは、水をやつたことを後悔しますか。ほんたうに後悔しますか。


 十六になる妹は波を怖《こ》わがらない。二十になる姉は怖わがる。
 五つぐらゐの男の児は、波が寄せて来る毎に泣いた。三十を余計は越してゐないと思はれる、その母親らしい女は、子供をあやしながら、波に背を打たせてゐる。
 髪白の老婆が、黒い日傘の下から、「あぶないよ、お前」と叫んだ。


 あまり虫が多いので、窓に葭簾《よしず》の戸をはめさせた。
 さうすると、一匹の蠅が、十匹の蛾よりもうるさくなつた。


 女どもにも、たまには良い空気を吸はせてやらう――かう思つて……。
 海岸の宿屋に来てから、彼女らは盛に食ふ。――ほんとに、いゝのか知らと思ふほど食ふ。
「やつぱり、からだの具合が違つて来るんだね、薬なんだね……そんなに腹がへるのは」かういふと――
「それや……自分でお勝手をしないだけでもね」


「非常に佳い」甲の友は云ふ。
「どうも下らない」乙の友は云ふ。
 その中間を取つて、「まあ相当なものだらう」と思ふのが人情なら、その人情は、また「鬼に呉れ」てしまへ。



底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「文芸春秋 第二年第八号」
   1924(大正13)年9月1日発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2005年11月23日作成
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