定するばかりでなく、最小限の興行日数を予定する。これが劇場主に取つては一つの冒険である。大概なら、その期限だけはやり通す。また、その期間だけやつて貰ひたさに、或る種の譲歩をする作者もあるらしい。
現在の劇作家協会は、その事業として、第一に上演の保障、第二に救恤金の積立、第三に新進作家の擁護を標榜してゐる。第一は先づ申分の無い成績を挙げ、第二も老朽作家の保護、寡婦孤児の扶養、医療設備、購買組合等に著々実績を挙げつゝあるやうである。たゞ、第三が思はしく行かない。
会員を三種に分け、第一種会員は、八幕以上を上演し、四百法を拠金し、且つ二名の同種会員により推薦されたもの、第二種は、たゞ三幕以上を上演したもの、第三種はそれ以外のものとなつてゐる。従つて、誰でも会員になれるわけである、勿論会員の種別によつて、擁護せらるべき利権の範囲が違ふばかりである。
会規は一々こゝで挙げる必要もあるまい。同協会と契約を結んでゐない劇場で会員の作品を上演することはできないとか、会員が個人的に関係のある劇場で自作を上演させる場合の特規とか、殊に、協会と劇場とが取交した契約より不利な条件で、会員がその劇場の一つと契約を結ぶことは出来ないとか、会員が自己の経営する劇場で自作を上演する場合の制限とか、(これは興味のある問題で、久しく仏国劇壇を騒がした。結局、劇場創立後三年間は無制限に自作を上演し得るが、その後は、或る割合で、他の劇作家の作品を上演する義務を負ふことになつた)その他、劇作家一般の利権擁護に関して詳細な規定が出来てゐる。
劇作家協会は、多数劇作家の利権のために少数の劇作家を敵としたこともある。即ち、劇作家にして劇場主たる少数の幸運児を相手取り、前述の義務履行を迫るために訴訟を提起した。弁護士レイモン・ポアンカレは、当時、劇作家協会のために光彩ある弁論を試みた。嘗て代議士ミルランが、議会に於いて、自由劇場の功績を称へて、政府の没理解を攻撃したのと一対の佳談である。そして、日本の名ある政治家に一寸真似なりとして貰ひたい芸当である。
最近に制作劇場主ルュニェ・ポオを相手取り、元同劇場専属俳優にして劇作家なるジャン・サルマンが、自作の上演権取戻しに関する争議を捲き起し、一時劇壇の注目を惹いた。時節柄、ポオは四面楚歌の声を受けて、たうとう譲歩したやうだが、これも、劇作家協会に加入してゐなかつたサルマンが、ポオの搾取に遇つてゐたわけである。それは表面の問題で、実際、二十を越えたばかりのサルマンが、自作を上演して貰へると知つたら、どんな契約にでもサインしたに違ひない。処が、其のお蔭で、此の青年は新進作家の錚々たる列に加へられる。さうなると、もうポオから小僧扱ひにされるのが癪に触る。そのうちに、出世作「影を釣る人」を持つて細君と一緒に旅行がしたくなつた。ポオが承知しない。契約書をつきつける。制作劇場以外では上演しないことゝ書いてある。一度制作劇場を飛び出したサルマンは、将来自作を自分が演ずることはできないわけである。そんな無法な話はない。こゝが論争の起点である。アントワアヌやベルンスタインなどが頻りにサルマンの肩を持つてポオの横暴を責めた。ポオは飽くまでも契約書と、二人の関係と、当時の情誼的交渉とを楯に取つて譲らない。制作劇場でなら何時か上演する。それ以上云ふことはないと頑張る。その間に、今日まで作者に支払つた上演料などの真相が暴露して、サルマンに同情するものが殖えてくる。サルマンはたうとう劇作家協会に加入して、その力を藉りることになり、結局、云ひ分だけは通つたが、少々男振りを下げた。偉くなると昔のことは忘れたがる。相手は、昔のことばかり云ひたがる。お互にわるい癖だ。
一方に、大家あり、流行作家あり、一方に駈出しあり、不遇の自称天才あり、これを総称して劇作家と云ふも、その実は、全く別種の人間である。一方が王侯の生活を営み一方が道ばたの溝掃除に等しい暮しをしてゐるからと云つて、それがあながち不公平だとは云へないわけである。然るに、弱いものが集つて団体を作り、少し強味を感じ出すと、その団体は頭と尾と妙に反りが合はなくなる。その団体はつまり頭のためにのみ存在するやうな観を呈して来る。尾の方が、それでは承知しない。此の尾の方に属する連中が、頭の連中に対抗して更に一団を形ることになる。それが、新しく起つた劇作家組合である。つまりプロ劇作家協会である。プロ劇作家は左傾党である。従つてサンヂカリズムの共鳴者であるのみならず、モスコオの国際労働組合と気脈を通ずる連中である。早く云へば革命党である。この革命党、政治的主張は、甚だ過激であるが、職業の立場からは、なかなか如才がない。一方、筋肉労働者と握手して、君等こそ、われらのカマラアドと誓ひを立てながら、組合で劇場を立てる
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