り……。――どうもこれは……。――そのうち、また、御邪魔に出ます。――どうぞ……。ぢやア御免なさい。――御免を……。
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これが、――もちろんこれだけ読んだのではわかるまいが――決してあいさつのためのあいさつではないのである。今頃、こんなことに感心してゐると、作者に叱られるかも知れないが、久保田氏でなければ弾けない一種のハルプを、僕は昔から聴くのが好きだ。同じものばかり弾いてゐるといふ非難は非難にならない。同じハルプでも弾くたびに曲が違ふ。たゞ久保田氏は、三味線で「汽笛一声」を弾く芸者ではないのである。まして、大正琴で……おつと、これは余計なことである。
なるほど、久保田氏の好んで取扱ふ主題は、滅び行く世紀の相《すがた》と、それにまつはる特殊な文化の名残である。その態度が勢ひ懐古的になるのは当然である。さういふ作家もあつていゝではないか。しかも、あわたゞしい流行の推移をよそに静かな(少くとも表面は)過去のロマンスを歌ひ続けてゐるかのやうに見える作者――この作者こそ、現代日本の劇作家中、もつとも、歌舞伎劇の伝統から離れて本質的に西欧の戯曲美を摂取した劇作家の一人
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