と姿態が、時には離れ離れに、時には入り乱れ、また時には一致融合して自由な表現に達するところから詩が生じるのである。ここで詩論にまではひるわけに行かないが、要するに戯曲の戯曲たる所以は、主題そのものの客観的特性に在るのではなくして、流動する人生の姿を通して、統一ある生命の韻律を捉へ、これに文学的意味を与へて、動作または白の形式に盛る、これ以外にはないのである。
戯曲を読み又はその戯曲の上演を観る時、われわれは「作者の意図」を露骨に示されることを厭ふ。作者から直接に話しかけられることを不快に感じる。これはなぜかと云へば戯曲作家は、読者なり観衆なりと倶にその傍らに在つて人生を観、彼等と倶に笑ひ、且つ泣くべき立場に置かれてあるからである。読者や観衆は、戯曲の前に立つた時、作家の存在を忘れてゐる。彼等は、自ら戯曲に盛られてある「人生」の批判者にならうとする。これは、結局同じことで、やつぱりいつの間にか作者の魔術にかかり、作者の批判に耳を傾け、作者の批判を批判として受け入れればその作品は成功である。読者や見物をして、恰も作者の力を藉らずして、「人生の心理」を発見したやうな快感を与へるところに、戯曲の戯曲たる形式があることを思へば、これをもつと高い処から見て、戯曲はその芸術的手法に於て、最も暗示的なものでなければならないと云へるのである。
最も暗示的であることは、最も直接的であることを妨げない。これは矛盾でもなんでもない。暗示といふことは、必ずしも、間接的な物言ひや、遠廻しな言葉使ひを指すのではない。この一見矛盾したやうな二点を、最も正しく理解して、これを最も巧みに取入れることが、戯曲創作の要諦である。作者が何等間接の解釈を加へないで、しかも作者の云はんとすることを直接語り尽してゐるやうな、さういふ「場面」こそは戯曲のために最も好ましい場面なのである。しかしながら、かういふ場面を現実の中に求めることは不可能である。現実の中には何等解釈といふものはない。然し、常に解釈を妨げ、又は解釈に無益なる分子が混在してゐるものである。これを整理するのが劇作家の手腕であり、才能である。
さて、「場面」といふ言葉が出て来たから、序に戯曲の「結構」即ち、コンポジションについて一と通り研究してみよう。
戯曲の結構についても、古来、所謂「作劇術」といふやうなことが論ぜられて、何か一定の法則でもあるやうに思はれてゐるが、これが若し、「劇的事件の推移」乃至は「筋の運び」といふやうな立場から、先づ準備説明《エキスポジション》を必要とし、劇的高潮《クライマツクス》を経て大団円に至るといふやうなことなら、誰しも心得てゐることであつて、これは戯曲に限らず、興味中心の物語には常に応用されるコンポジションの常套手段である。
喧嘩の話をする。ちやんとこの型に嵌めて、先づ喧嘩の起つた理由から、喧嘩の有様、喧嘩が済んで双方が仲直りをするなり、一方が殺されるなり、二人共警察へ引つ張られるなりする処で話が終るといつた風である。が、それは喧嘩に対する興味が一般にそれだけで満足されるからであつて、またそれが一番解り易く、一番話し易いからであつて、若し、これを喧嘩の最中から物語を起すとすると、一寸六かしくなる。まして、仲直りの場などから始めると、なかなか骨である。成程、戯曲では、時間的に順序を追つて場面を展開させる必要があるからでもあるが、喧嘩の話を戯曲に仕組むにしても、必ずしも喧嘩の場面を使はなくてもいい。それを使ふより以上に面白い場面が、喧嘩後のある場面にあり得るのである。ただそれを面白く現はすことが六かしい。また、喧嘩をしたあとの人間の気持などよりも、喧嘩をしてゐる最中の凄まじい光景により以上、興味をもつのが普通であるから、劇作家は、つい、そつちを選ぶことになるまでの話で、畢竟、戯曲といふものが、喧嘩を見に行く心理に投ずることを必要と考へれば、もうそれまでの話である。喧嘩が済む。見物は散つて了ふ。額の血を拭きながら横町に消えて行く男の心持などは、もう誰も考へてはゐない。戯曲が、そこから始まつてはなぜいけないのか。勿論、これは主題の選び方にもよるのであるが、何よりも一つの場面の作り方に、それぞれ興味の中心がなければならないとすれば、その興味は、通俗的であることも芸術的であることもできるわけである。場面の緊張といふことは、必ずしも、見物に「ある期待」をもたせるといふことではない。「どうなるか」といふ興味は、結局、通俗的な興味にすぎない。さういふものがあつてもかまはないが、それ以上の魅力がなければならない。それは、前にも述べた「生命の韻律的表現」による心理的又は動性的《デナミツク》な美感である。それは音楽に比すれば諧調の美である。瞬間瞬間、一語一語、一挙一動によつて醸し出される雰囲気の
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