序に云ひ漏してはならぬことは、この期間に於ける独逸劇の侵入とその反響である。
 ゲエテの小説「ヴェルテル」が、一七七五年に脚色上演され、続いて、その翻訳が現はれて、仏蘭西の劇壇及び読書界に一大衝撃を与へた。が、それはあの偉大な純情と絶望の詩が、スタアル夫人の所謂「感情的及び政治的理由」によつて、革命直前の人心を捉へたのである。かくて仏蘭西浪漫主義は、ゲエテのうちから、「独逸的浪漫主義」を摂取した。次で、「ファウスト」の第一部が、一八〇八年、スタアル夫人の管理してゐる素人劇場の舞台で初演されたが、一八二八年、ジェラアル・ド・ネルヴァルの名訳が出版され、その深い哲学的瞑想が、やうやく当時の新精神に食ひ入つた。ここでも亦、ヴィニイとミュッセが、それぞれファウスト的の「不安」をその作品中で示してゐる。なほ、面白いことには、ずつと降つて、エドモン・ロスタンとアンリイ・バタイユが、何れも、「ドン・ジュアン」を描くに当つて、「ファウスト」の知的懊悩をさながら、その恋愛的懊悩の形に於て取扱つてゐるのである。
 十九世紀前半の喜劇作者を代表するスクリイブ(〔Euge`ne Scribe〕, 1791
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