フぞみ、その「劇芸術論」に於いて、演劇に於ける写実主義《レアリズム》の歴史を開いた一人の作家に注意すべきである。彼は、メルシェと呼ぶ微々たる才能にすぎなかつたが、その云ふところはかうである――「書斎の中に材料を求めず、出でて実人生の頁を繰れ」。が、後にも先にも、十八世紀を通じて、唯一人天才の名に値する劇作家は、実は、本来の文学者ではなく、たまたま道楽に芝居を書いた一事業家であつた。
「セヴィラの床屋」の作者、ボオマルシェ(Beaumarchais, 1732−99)は、内容と文体とトリックの三方面から、空前の舞台的成功を収めた。しかも彼は、その傑作「フィガロの結婚」に於て、遂に仏蘭西革命の予感を時代の人心に植ゑつけた。民衆の声が初めて劇場にはひつたのである。彼の戯曲家的血液はどこから受け継いだか? 父系の一人にモリエエルのゐることはたしかだ。或は、デュシスの翻案を通じてシェイクスピヤの香を嗅いだかもしれぬ。が、時計屋の息子から宮廷の音楽教師となり、金持の未亡人を二人まで籠絡し、裁判に破れて牢に投ぜられ、冤されてルイ十六世の秘書役を勤め、米国の独立戦争に武器を売りつけ、巨万の富を蓄へた瞬
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