所謂「超民族性」について一応注意すべきであらう。雄弁に論議する劇は最も理解し易きものである。
ジョルジュ・クウルトリイヌ(George Courteline, 1860−1929)の小喜劇はモリエエルからラビイシュにつながる仏蘭西喜劇の伝統を代表する不朽の作品である。数多き珠玉的作品中からその代表作を選ぶことは困難である。また、一作を取り上げて、これを古今の傑作なりと称することは聊か気が引けるくらゐ「何気なき」風を装つたものであるが、先づ定評として、「ブウブウロシュ」(Boubouroche)「我家の平和」(La Paix chez soi)等を挙ぐべきであらう。一見平俗なやうに見える彼の文体は、近代ファルスの最も純粋な風格を創造し、現代世相の犀利な観察による比類なき道化味《ビュルレスク》は、天才の眼によつてはじめて伝へられるものである。
ジョルジュ・ド・ポルト・リシュ(Georges de Porte−Riche, 1849−1930)は、精密な恋愛心理の解剖家として、ラシイヌの衣鉢を継ぐ名作家である。アントワアヌに従へば、仏蘭西近代戯曲史の頂点は、ミュッセ、ベック、ポルト・リシュの三人によつて占められるといふのであるが、これは先づ何人も異議のないところであらう。彼は自然主義的苛烈さを有すると同時に、所謂「心理的詩味」の開拓者であり、その点で、既に純写実劇よりの離脱を示してゐる。その傑作の一つ「ふかなさけ」(Amoureuse)は、一八九四年の発表であるが、それから二十年を経て、同じく「過去」(〔Le Passe'〕)「昔の男」(Le Vieil Homme)の諸作と共にその影響が新しい時代の上に目立ちはじめたのである。
次に、フランソワ・ド・キュレル(〔Franc,ois de Curel〕, 1854−)は、一方ポルト・リシュが恋愛心理を追ひ廻してゐる間に、思索と瞑想の淵を逍遥して、北方の巨星、ヘンリック・イプセンの呼吸に耳を傾けた。彼も亦、時代の苦悶を苦悶し、生命の不安と闘つた。が、イプセンが飽くまでも北方的であるのに反し、キュレルは、兎も角南方的である。ラインに近いヴォオジュの森が彼の魂を育てたとはいふものの、その哲学は明朗若葉の如く、彼の描く人間の獣性なるものは、屡々微笑ましい姿を以て舞台に踊るのである。出世作「新しき信仰」(La Foi Nouvelle)は科学の破産を問題とした点に時代精神を反応したものであり、「鏡の前の舞踏」(La Dance Devant le Miroir)は、象徴的手法の円熟と戯曲的構成の柔軟さを示す代表作であるが、結局、観念の深さが概して劇的リズムに乗り切らないところが、彼の作品を通じての一つの致命的欠陥であらう。
自由劇場は、これらの偉才を見出す傍ら、外国の作家、殊に、ヘンリック・イプセン(Henrik Ibsen, 1828−1906)の「幽霊」を初めて仏蘭西の劇壇に紹介した。イプセンについては、他の部分で、独立した講座が設けられることと思ふから、ここでは例によつて、仏蘭西劇との交渉についてのみ語ることにしよう。
イプセンの戯曲は、その後、相次いで自由劇場は勿論、若干の小劇場で上演せられたが、間もなくプロソオルの翻訳が出版され、一八九〇年前後に亘つて、その反響は相当大きかつたやうに思はれる。イプセンに対する当時の批評を読み返してみると、なかなか面白い。無条件に感歎の叫びを漏してゐるものもあるかと思へば、また、一方ジュウル・ルメエトルの如き批評家は、イプセン畏るるに足らずといふやうな口吻を漏してゐる。その理由とするところは、「イプセンの有するものは悉く従来の仏蘭西文学中に存在したものであつて、今更彼の作品から何物も取入れる必要はない」といふのである。
恐らく若いジェネレエションの熱狂を戒めて、彼一流の婉曲な認め方をしたものに相違ない。
事実、イプセン的主題は、これを概念として見れば、その思想はダア※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ン以来既に「存在した」ものであり、イプセン的舞台技巧は、前にも述べた如く、スクリイブ以来の「うまく作られた芝居」に悉くその例を見出すと云つてもよく、また、「人物を生かす」才能に於ても、ミュッセとベックは既にその極致を示してゐるといふ風に云へるのである。しかしながら、イプセンは、今日から見ても、なほ且つ世界近代劇の最高峰と目さるべき理由があるのだ。それはつまり、平たく云へば、従来の天才的な仏蘭西劇作家が、個々に有つてゐたものを、彼は身一つに具へてゐたといふ驚くべき事実があるからである。しかも、これは決して、[#ここから横組み]1+1=2[#ここで横組み終わり]といふ公式を以てすら示すことのできない現象で、Aの特質とBの特質とが加はることによつ
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング