国の言葉を少し深く勉強し、その国の文化に接触すると、かなり批判的にその国を観てゐても、とかくその国にたいして親しみをもつ。或る意味においてはその国にたいして愛情を感じる。そこで、自分の国についでその国が好きになるのは自然の人情である。ところが、日本人の場合は、どうかすると病膏盲に入つて、自分の好きな国の敵国は、自分の敵国のやうな気がしてみたりする。例へば、フランスが好きな人は、フランス人が嫌ひな民族をフランス人と一緒になつて嫌ふ。であるから、その民族が日本と非常に近い関係にあるやうな場合には、日本人として一種の矛盾を感じるやうなこともあり得るわけである。かういふことは、仮りに人情としては已むを得ないとしても、大いに反省を要することである。もとより外国語を専攻するためにはその国を知らなければならぬ。しかも、或る国を真に理解するといふことは、その国にたいする深い愛情なしにはあり得ない、といふこともまた事実である。かういふ点で従来やゝ溺れるといふやうな傾向が無いでもなかつたといふことは、これは個人としては大したことではないかも知れないが、日本の国民として考へると、その影響は甚だ大である。これは将来大いに考へなければならぬと思ふ。



底本:「岸田國士全集25」岩波書店
   1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「改造 第二十四巻第二号」
   1942(昭和17)年2月1日
初出:「改造 第二十四巻第二号」
   1942(昭和17)年2月1日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年3月1日作成
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