の底に、もつと美しい、そしてもつと自由な女を見てゐるのです。その女は、私に救ひを求める代りに、私をさし招いてゐるやうに思はれるのでした。
 何時の間にか、私は二人の姿を見失つてゐました。
 海が、白い歯をむき出して嗤つてゐました。

 翌朝、彼女は私の耳もとに口をよせて
「あたしたち、今晩パリへ帰りますの。あたしをこんな淋しい処へ一人で置いて置くわけに行かないつて云ふんですのよ。それやさうね」

 夫婦は、その日の夕方、馬車に乗りました。真夏の夕日が、都に帰るといふ若い二人の背に、皮肉な明るさを投げかけてゐました。



底本:「岸田國士全集20」岩波書店
   1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「女性 第八巻第一号」
   1925(大正14)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月10日作成
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