門的な部門では、立派な仕事をしてゐるが、一度この人間の生活――普通私生活といつてゐる部分、さうして、その私生活に寧ろその人間の全貌が実際現れるわけなのだが――を観るとその人の公の生活の中に十分発揮されてゐる人間的価値と幾分違つた形で、いはゆる非文化的な状態でそれが現れてゐるやうなことも度々あるのではないか。今後は人間の価値標準などももう少し実質的に見なければいけない。どうも今までは、仕事を生活の他の面から孤立さして秤にかけるといふところがあつたやうです。これなども、今後の文化を考へる場合、改めねばならぬことゝ思ひます。今日、職域奉公といふことが非常にやかましく云はれますが、作家は、作品を書くことが奉公でなければならん。さうするとすぐ作品そのものに何か奉公といふ精神がなければいけないといふやうに、ものゝ考へ方が狭くなつて行くやうな傾向が現在あることは、非常に危険だと思ふんです。人の仕事といふものは人の生活から出てゐるんだ。その人の人格全体、その人の生活全体が、現在の時代に役に立つて行けばそれでいゝので、逆にだんだん人間と社会の接触する面を狭めて行くやうなものゝ見方が、また起りかゝつてゐることは、大いに警戒しなければならんと思ふのです。一番極端な例は、八紘一宇とか、臣道実践とかいふことを、口の先で云つてゐれば、万事通用するなどゝ簡単に考へてしまふことです。鼻の頭にちよつと看板をぶら下げて置けばいゝといふことになつては大変だ。
隣組の力
隣組が出来たので、自分たちの生活内容が豊かになつたと喜んでゐるものもあり、或る処では、隣組が出来たから非常にうるさい、何か拘束を受けるとか、私生活の秘密を覗かれるとかいふので、いやがつてゐるやうです。が、運用の仕方によつては、非常にうまく行つてゐる例を知つてゐる。僕等なんかの側から云へば、隣近所と交際したからといつて、損をするところはないのだ。個人といふものゝ本来の観念から云へば、ちつとも他人から侵されるものはないので、隣組は、非常に理想的な形で僕等の頭に浮ぶんです。僕等の知つてゐる連中のなかでも、やああれはうるさい、迷惑だと云ふのが相当ゐるんだけれど、考へてみると、うるさいなどゝ云ふ連中は、これが旧体制と云つていゝかどうか知らないけれど、どうも時代の落伍者といふ気がする。ちよつと背中をどやしてやりたい人物に、そんなのがゐる。
日本人は本当に今力を協せなければ駄目だ。結局隣組が、本当に健全に発達しなければいけないので、都会生活は、隣同士が知らないからこそ暢気で都合がよいとか、都会の魅力は、お互が他人だといふ点にありとか公言してゐる人が未だにあり、僕等も嘗てはさういふ気分を肯定したこともあるが、然しこれは非常に時代遅れの考へ方です。
隣組も今のところ、非常に消費面ばかりだといふ説もありますが、それは運用の仕方にあるわけですから、隣組の機能をすべて消費的な面として片附けてはいけない。また、生産といつても、物質的生産ばかりでなく、もつと精神的な面も沢山あります。殊に文化運動――全国的に文化運動を巻き起すためには、多々困難な条件が必要です。現在の地区的、局地的の運動を多少でも発展させるためには、隣組を単位とし、これが町会に拡り、少くとも僕の考へでは、町会別のものが単位になり、その単位の上で真の文化的指導者が、その新しい目標の下にいろいろな施設なり、或は共同生活の面での娯楽とか、教養とか、お互の社交とかの指導に当るといふことが最も効果的であると思ふのです。さういふことは、消費面とは云へない。それは精神的生産面だと思ふのです。
指導者について
さうなると結局指導者の問題になつて来ると思ひますが、今までの知識層のもつてゐるものが、十分こゝで利用し得るわけです。知識層が自分のもつてゐるものを利用し得ないのは何によるかといふと、たゞ自分に対する自信のないことだと思ふのです。知識層がみんな自信をもつて、自分が立派に指導者になり得るといふ気持になれば、もう直ぐに指導者たる資格をもつてゐるんぢやないかと思ふのです。ところが一般に知識人は、今のところ、その自信をもつやうに努めてゐないと云へるんだ。さういふ点で、自信の無さが自分の聡明へのプライドであり、これで自信なぞもつてゐると思ふやうだつたらおしまひだといふ風に考へるのが、今までのインテリゲンチヤの通弊だつたのではないかと思ふ。知識層がお互にもつと相手を信じて、さうして、めいめいがもつと自信をもつて起ち上る必要があると思ふ。それには、たゞ自信をもつといふことだけでも足りないのだ。これはやはり、民衆なり人なりを指導する技術といふものを、もう少しもたなくちやいかん。
僕の考へでは、たしかに政治的の力といふものは今までより強くなつて行くが、政
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