いゝえ、どういたしまして……。では、そろそろ、本筋に……。
るい これは、まつたく、内証話でございますよ。いゝえ、内証にもなんにも、これまで誰にも話したことなんかないんでございますけれど、奥さまに、たつた一言《ひとこと》、「お前の気持はわかる」と、さうおつしやつていたゞきたいばかりに……。でも、あんまりなお話でございますからね……。まあ、旧《ふる》いことといふだけが、幾分、お聴きづらくなく、聴いていたゞけるかと存じます。
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先程も申上げました通り、船の中では、お客様を除けば、女と申しましても、わたくしの外、六人つていふ人数でございました。そのうち、亭主持ちが二人、あとの三人は、二十《はたち》を越したばかりといふ娘つこでございませう。やかましく云はれながら、蔭で何をいたしてをりますか、わかりやいたしません。それに、一方が、御承知の荒《あら》くれでございます。わたくしどもの前でさへ、ずゐぶん眼にあまることもございました。さういふ中で、年も年でございましたけれど、わたくしだけには、誰一人、戯談《じやうだん》を云ひかけるものもございませんでした。それでも、三十五つて申せば、ねえ、奥さま、世帯を持ちませんだけに、まだ、心も、からだも、そんなにお婆さんにはなつてをりません。さういふ人たちのふしだらな真似《まね》を、一方では苦々《にが/\》しく思ひながら、一方では、実のところ、まあ、嫉《や》けるとでも申しますんですか……。御免遊ばせ、こんな言葉使ひをいたしまして……。お笑ひになりますけれど、それは、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]ぢやございません。今ですから、申上げられますんです。
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夫人 それで笑つたんぢやないんですよ。あなたの率直なお話が、いゝ気持なんですわ。
るい はい、率直も、度《ど》が過ぎてはと存じますけれど、今日は、真《ま》つ裸《ぱだか》になつてみる気でございます。後がどんなにせいせいするだらうと思ひますと、もう恥も外聞もございません。それに、奥さまのやうな、お優しい、物事のよくおわかりになる方《かた》に、洗ひ浚ひ聞いていたゞけるなら、ちつとも心残りはございませんです。
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で、まあ、そんなわけで、一年ばかりは過ぎてしまひました。その時分の、妙に、焦《い》ら焦《い》らした気持を、もつと、上手に、はつきり申上げたいんですけれど、なんですか、自分では可笑《をか》しくつて、口には出せません……。十六七から二十《はたち》頃までの、あの……憧れ……とか、申しますんですか……あんな心持に似てはをりますが、何処かずつとさし迫つた、いやに刺々《とげ/\》しい気分なんでございますね。時によると、捨鉢なことも云つてみたいやうな、それでゐて、控へ目なところも見せたいといふ、なにしろ、考へれば考へるほど、やゝこしい気持でございます。それも、まあ、自分はどんなことがあつても、ほかのもののやうな真似《まね》はしないつもりでをりましたんですから、その点、別世界の人間であつていゝ筈なんでございますけれど、わたくしと幾つも違はない亭主持ちの女でさへ、やれ、誰それが変な眼附をしたとか、やれ、どのお客様が、背中へ手をおまはしになつたとか、そんな噂話を得意になつてしてゐるのを聞きますと、それは、こつちに隙があるからだと窘《たしな》めてやりたいほどですのに、若しそんなことでも云はうものなら、向うは、きつとわたくしに、「いやさうぢやない、あんたに誰もそんなことをしないのは、あんたが……」と云ひかけて、くすくすと笑ふだらうつていふ気がいたしますんです。なるほど、その先は、云はれなくつても、わかつてゐる筈でございます。それに気がつかないほど、わたくしも馬鹿ではございませんし、それには、正直な鏡つていふものもございます。いえ、それだけは、わたくしも承知してをりました。でも、そこは、奥さま、世の中で、自分が一番醜いと思ふ女はございますまい。自惚《うぬぼれ》でもなんでも、さうは思ひたくないのが人情でございませう。「よし、そんなら……」といふ気に、幾度なりましたか、しかし、それ以上に、自分でどうするといふ工夫がつかないんですから、しやうがございません。男の前へ出ますと、知らず知らず畏まつた調子になつてしまふんでございます。これでも、年を取るだけ取り、女だか男だかわからなくなりますと、もうそんなことは気に病《や》みませんけれど、その時分は、なんと云つても辛《つら》うございました。たまに男の方から、なんでもないお愛想を云つていたゞきますと、もう、それだけで、気持が浮き立つといふ情《なさ》けない状態が、あれでも、二年ほどは続きましたか……。丁度、その頃で
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