つてました。母はまた、その話を、誰かからも聞いたつて云ひますから、つまり、常習犯なんですね。
夫人  道理で、手に入つたもんでしたわ。しかし、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]ぢやないでせうね。
京野  さうなると、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]の方が面白いんぢやないですか。
夫人  あゝ、変な気持だ……。あたくし、食事をすまして来ますわ。

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夫人が去つた後、京野は、椅子に腰をおろす。
菅沼るいが、あたふたと現はれ、再び蓄音機の傍らに陣取る。
眼をつぶつて、レコードに聴き入る。
[#ここで字下げ終わり]

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京野  おい、婆さん、もういゝ加減に止《や》めろよ。だあれも聴いてやしないや、そんなもの。
るい  でも、九時までが時間でございますから……。
京野  よし、よし、ぢや、かまはないから、もつと騒々しいやつをかけてくれ。

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るいは、蓄音機を止め、レコードをヂャズにかけかへる。
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るい  若様は、賑やかなことがお好きさうに見えますが、それでは、なほさら、御病気が苦《く》におなり遊ばしませう。このホテルも、夏場はあの通り込み合ひますんですが、夏はまた夏で、ほかへお出かけ遊ばすんでございませう。
京野  (返事をしないで、煙草の煙を吹き上げてゐる)
るい  折角、お馴染《なじ》みになりましたお客様が、ぷいとお発《た》ちになつてしまふのは、ほんとに心細うございます。これが船でございますと、前もつて、お別れする日がわかつてをります。いろいろのお世話も、その日までといふ心組みで、万事、手ぬかりも少うございますが、まだおいで下さるものと思つてゐた方《かた》が、不意に今日帰るなどとおつしやられますと、何かしら、ドキンと胸に応へます。きつと、「さあ、しまつた」と思ふことがございますんです。今夜はシーツをお代へしようと思つてゐたのにとか、明日は、お望み通りのお部屋が空《あ》くのにとか、そんなことが、妙に何時《いつ》までも気にかゝりますんです。
京野  …………。

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最初の、夫婦連れが、これも食事を済ましてはひつて来る。
左手の椅子に、並んで腰をかける。二人は、時々
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