ついて、眼の中が熱くなつて来ます。『大統領』と叫ぶ大向ふをとがめる気にもなれません。
俳優は、みんな熱心のやうです。熱心に動かされる、かう云つてはあんまり褒めたことにはならないでせうが、実は、そんなに褒めることは出来ないのです。左団次だけはあの役をあれ以上に演るものはあるまいと思はれる程度まで行つて居ます。それから先のことを考へて見てはどうでせう。台詞が一体に単調で、死んでゐて、ぎごちないのはたまらなくいやです。それが新作物に於てはさうだとすれば、罪は俳優にばかりあるとは云へません。若し旧劇のそれのやうに新作ちよん髷劇の台詞まはしとして、型にはまりつゝあるのであつたら、それこそどうにかしなければなりますまい。
所謂芝居道の礼に慣れず、云はずにすますべきことも、つひ云つてしまつたかも知れません。久々で日本の芝居を見ると云ふ興味、楽しいやうな怖ろしいやうな期待が、余程私を神経過敏にしたでせう。
それでも、最後の芝鶴の人形振は、専門家から見ればどれほどのものか知りませんが、少くとも、私の眼には、美しい、懐しい、幻《まぼろし》の世界でした。これなら、これだけでもいゝと思ひました。一寸溺れかけたのです。いやいや、これだけではいけない。
懐し味気なし、さう云ふ気持ちで帰途につきました。
此の感想が、見物の一人の声として、幸に作者両氏の耳にはいり、よし、さう云ふ見物もゐるなら、もつと見ごたへのあるものを書いてやる、かういふことにでもなれば、私はうれしい。
底本:「岸田國士全集19」岩波書店
1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「読売新聞」
1924(大正13)年3月21日、23日発行
初出:「読売新聞」
1924(大正13)年3月21日、23日発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2006年2月20日作成
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