隣室の中をのぞき、絶望的にソフアにもたれかゝる。
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女 あん時まで、あたしは、嘘を吐くのがいやだつたし、ほんたうのことが云へたら、どんなに楽だらうと思つてゐたのよ。それが、今では、嘘とほんたうの区別がつかなくなつたのよ。今迄、ほんたうだと思つてゐたことは、みんな嘘なんだわ。きつと……。あの人が、今、あそこへ行つてることだつて、嘘かも知れないわ。さうよ、見てらつしやい。(電話に向ふ)もし、もし、都ホテル……え、すみません。……あ、もし、もし、二百五番へ願ひます……。
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Aの部屋の電話が鳴る。男甲、受話器を耳にあてる。
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女 もし、もし。
男甲 聞いてるよ。
女 帰つてらしつたのね。
男甲 あゝ、帰つて来た。お前、何処にゐるんだ。
女 当てゝ御覧なさい。
男甲 わかつてるよ。今晩は帰らないのかい。
女 帰りたくつても帰れないの。赦して下さる?
男甲 別段、悪いことでもないぢやないか。早く帰つておいで。
女 さうおつしやると、なほ帰れないわ。さつき、二人でゐる時ホテルへかゝつて来た電話ね、あれは、学校のお友達でも、その旦那さんでもないのよ。
男甲 知つてるよ、そんなことぐらゐ……。
女 さうでせう。あたし、今、その人のところへ来てるの。あなたに隠れてよ。でも、あたし、後悔してるの。取返しのつかないことをしたと思つてるの。
男甲 取返しはつくさ、なんでもないよ。
女 だから、あたし、あなたに済まないと思つて、決心したの。
男甲 ふうん、どんな決心……。
女 今、すぐわかるわ。(女はテーブルの上の拳銃を取り上げる)
男乙 (慌てゝ女の手を抑へ)よしてくれよ、それだけは……。弾丸《たま》がはひつてるんだぜ。
女 嘘よ、そんなこと……。(銃先を喉に当てる)
男乙 (もぎ取らうとして)空砲だつて、怪我をするよ。
女 (さう云はれて、今度は、急に銃先を男の方に向け、放す。爆音)
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男乙は、そのまゝ、前にのめる。
女、驚いて、駈け寄る。
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男甲 よし、よし、それで
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