ね、序だから、舞妓の踊りでも見せてと思ふんだが、お前、ひとつ、人選をしてくれんか。あゝ、何時もの処でよろしい。十人ばかり……。もう二十分ほどして出掛けるから、お前先へ行つてゝくれ。よし、わかつた。

[#ここから5字下げ]
Cの電話室では、少年がぼんやり受話器を耳に当てゝゐるが、しまひにそのまゝ居眠りをしはじめる。
主人らしい男がはひつて来て、少年を突きのけ、受話器を耳に当てる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
主人  もし、もし、どなたさまでおまつしやろ?
男甲  え? わしに相談……? そいつは弱つたな。この次ぎぢやいかんか。それやさうさ。無論、承知はしてゐるが、今度は勘弁してくれ。
主人  阿呆らし、あんた、だれや。えらい混線や。
男甲  さう、さう。ぢや、兎に角、わしが一と足先へ出掛けることにしよう。なに、かまはんよ。ぢや、さよなら……。
主人  さいなら……。おやすみ……。

[#ここから5字下げ]
男甲、受話器をかける。
Cの電話室でも、主人が荒々しく受話器をかけて去る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
男甲  では、かうしよう。わしが先へ行つて、後から迎ひを寄越すから、お前は、用意が出来たら、すぐ来るといゝ。お客さんだから、そんなにおめかしをして来なくつてもいゝよ。
女   あたし、そんなとこへ行かなくつてよ。
男甲  どうして……。
女   どうしてゞも……。
男甲  困るなあ、今更、そんなことを云ひ出しちや……。
女   困らないでせう。その方がいゝつて、ちやんとおつしやいよ。
男甲  もう約束しちまつたんだぜ。
女   だから、あなた一人で、行つてらつしやればいゝわ。
男甲  淋しくないかい。
女   淋しいわよ。
男甲  それ見ろ。
女   でも、いゝわ。淋しいぐらゐ我慢するわ。その代り、十二時までには帰つて頂戴ね。あたし、寝てるから、そうつと扉《ドア》を開けるのよ。さ、行つてらつしやい。
男甲  いやに聞き分けがいゝね。ぢや、ちよつと行つて来るよ。さうさう、お友達が来るかも知れないんだね。さうだと、却つて、わしがをらん方がよからう。

[#ここから5字下げ]
男甲、帽子を取つて出て行く。
男乙、書物を投げ出し、寝台にもぐり込む。スタンドの灯を細くする。
Cの電
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング