ふもの、だつて、交際《つきあひ》らしい交際《つきあひ》はしてませんわ。さういふ話があつてからでせう、急にこつちへ来なくなつてしまふなんて、随分現金ですわ、二人とも……。
貢  その間に、あの芝居といふやつがあつたからな。
牧子  より江さんていふ人の大胆なのには、あきれましたわ。どうでせう、あの大勢の前で……。
貢  さういふ女でなけれや、西原は動かせないんだね。
牧子  それは別の話ですけれど……。

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長い沈黙。
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貢  先生達は、結局、いい相手を見つけたね。革命家に労働婦人……。
牧子  ……。
貢  西原つていふ男は、中学時代から秀才だつたが、それや、ひねくれ者でね……。
牧子  より江さんも、学校時代には、それや先生を手古摺らせた人なんですのよ。やさしい問題なんか、あてでもしようもんなら、存じませんつて、つん[#「つん」に傍点]と横を向くんですの。
貢  西原にもさういふ処があつた。しかし、あいつは、熱情家でね。今でこそ、冷静な口の利き方をし習つてゐるが、昔は――その当時、熱血男児つていふ言葉が流行つたが――その熱血男児の標本だつたよ。
牧子  そのくせ、より江さんは、人一倍、涙脆いたちで、よく友達の身の上話なんか聴かされては、独りで泣いてるんですよ。また、あの頃は、身の上話が流行つたもんですわ。――あたくしなんかも、随分、聴かせろ、聴かせろつて、人から云はれましたわ。それが、ね、ずつと兄さまと二人つきりなもんで、何かわけがあるだらうと思ふんでせう。その身の上話つていふものを、初めてして聴かせた相手が、より江さんなんですわ。自分では、何気なく云つてるつもりなのに、あの人、おいおい泣くんですのよ。しまひに、自分でも悲しくなつて……そこへ、また、なんとか、慰めるやうなことを云はれるもんだから、なほ胸がつまつて……。可笑しんですの。それからが、きまつて、例の、仲よしになりませうね、ですわ。
貢  西原の奴、一度、変なところへおれを連れて行つてね……。あれは、たしか、今考へると、戸山ヶ原の射的場かなにかなんだが、薄暗い穴の中でね……。そこで、腕をまくれつていふんだよ。腕をまくつて見せたら、やつも、小さな腕をまくるんだ。それから、何をするかと思つたら、ポケツトから、鉛筆を削るナイフを出しやがつてね、――さあ、おれも血を出すから、貴様も出せ、お互にその血を飲み合はうつて、いきなり、そのナイフをおれの腕へ突き立てようとするから、おれは、まあ、待て、とね……。
牧子  さう、さう、あの人の写真道楽が大へんなもんでしたわ。毎週一枚ぐらゐづつ新しく写したのを持つて来やしませんでしたか知ら……。それが、また、一一、変つた写し方で、その為めに、わざわざ、髪の結ひ方を変へたりなんかしたんですからね。二三度、あたくしも一緒に写さされたことがありますわ。
貢  おれが、これ誰だつて訊いたら、どうしても云はなかつた、あれも、さうぢやないか、そら、お前がすわつて、その肩へ手をかけてる……。これ誰だつて訊いても、お前は笑つてて云はないから、学校へ見に行くつておどかしたぢやないか。
牧子  そんなこと、ありましたかしら……。でも、その前に、あの人、うちへ来ましたわ。
貢  いいや、来ない。卒業する一寸前に、始めて、お前が伴れて来たんだよ。そん時、ははあ、あれだなと思つたんだから……。
牧子  あの頃から、綺麗つて云ふより、目立つ人でしたわね。どつか、ぱツとしたところがありましたわ……。
貢  さう云へば、あの時代に、先生と西原とうちで会つてやしないかしら……紹介はしなかつたかもしれないが……。
牧子  あつたにしても、両方とも、忘れてるでせう。だけど、西原さんも、特徴のある顔だし……。そんなことを、もう語し合つてるかもしれませんわね。
貢  無論、そんな話は、とつくにしてしまつてるさ。ああ、あん時、あそこにゐたのがあなただつたんですか、なんて、やつたにきまつてるさ。
牧子  ぢや、西原さんていふ方は、大学へいらしつてから、おとなしくおなりになつたのね。
貢  おとなしくつて……そんなにおとなしいか。
牧子  でも、お酒はあがらず、乱暴な口の利き方なんぞ、なさらなかつたでせう、ほかの方みたいに……。神谷さんなんか、出鱈目だつたぢやありませんか。
貢  神谷の方が馬鹿だよ、それや……。西原は、さうだね、大学へ来てから、急にすましだしたね。眼鏡を拭きながら話をすることなんか覚えてね。
牧子  それはさうと……。

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沈黙。
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貢  なに?
牧子  いいえ、なんでも……。


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