んですわ。
貢 そんなら、うちの中は、どうでもいいつていふわけですね。さうなんですよ。此の部屋だつて、あなたがたが見えるやうになるまで、額一つかけようとしないんですから……。さういふことは、女の気持でどうでもなるんですからね。さういふ、うちの中の飾り方なんていふものは……。
より江 さうですかしら……。
貢 僕は、自分で別段に、趣味のある人間だとは思つてゐませんが、相当、生活に趣味らしいものをつけてくれるやうな人間が、そばにゐてくれればいいと、いつでも思ふんです。さもなければ、活気です。こいつが欲しい。実に、だれきつてゐるんですから、僕達の生活は……。
より江 さうは見えませんわ。
貢 近頃でせう。それは……。あなたがたのお陰ですよ。殊に、あなたのお陰です。いいえ、ほんとです。僕は、今、かうして元気よく働いてゐるのも、あなたの為めに、なるべく美しい花を咲かせようといふ希望があるからですよ。あなたが見に来て下さらなくなつたら、僕の温室の花は、みんな色がさめてしまふでせう。
より江 (戯談に取つて)あら、そんな……。
貢 うそだと思ひますか。そんならもつとお話をしませう。僕たちが――まあ、僕がと云つてもいいわけですが――かういふ仕事を始めたのは、別に、それで生活しなければならないからぢやないんです。なにか、健康的な、そして、人手を煩はさずに自分の生活を明るくするやうな仕事はないかと、あれこれ考へた末、花を作つてみようと思ひ立つたんです。牧子には、物をこしらへ上げるといふ楽しみがわからないんです。物を大切にしまつて置くことはできる。しかし、育てて行くことに興味がもてないらしいんです。おわかりになりますか。これは、たしかに、あいつの生涯を暗くしてゐます。従つて、僕の……。また愚痴を云ふやうですが、僕の生活を、半面に於て不幸にしてゐる。
より江 でも、牧子さんは、どなたの為めにああして、今迄、お独りでいらつしやるんですの。牧子さんの生涯が、まあ、仮りに暗い生涯だとすれば、その責任は、どなたにあるんですの。
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長い沈黙。
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貢 (だんだん憂鬱になる)
より江 さういふことおつしやるもんぢやありませんわ。あたくしさう思ひますわ。
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長い沈黙。
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貢 僕の責任もないことはありません。だから、どうすればいいんです。僕の力で、それがどうかなるんですか。
より江 早く牧子さんを自由にしておあげになることですわ。
貢 自由に……? あいつは自由です。
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長い沈黙。
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より江 あたくし、かういふお話をしに来たんぢやありませんわね。
貢 いいえ、かまひません。僕に間違つたところがあつたら、云つて下さい。僕は、さつき、あんなことは云ひましたけれど、実際は、牧子のことを一ばん心配してゐるんです。あなたが自由にしてやれつておつしやる意味は、どういふ意味だかはつきりわかりませんが、あいつを幸福にしてやることなら、どんな犠牲でも払ふつもりでゐます。あいつが、今、どつかにいい口があつて、嫁入りでもするやうなことがあれば、僕は、勿論、自分の不自由ぐらゐは忍ぶつもりです。
より江 (笑ひながら)それは、あたり前ですわ。それは犠牲とは云へませんわ。
貢 ああ、さうですか。なるほど、それはまづい譬でした。そんなら、どうしたらいいでせう。
より江 そんなこと、あたくしにお訊きになつたつて存じませんわ。また、お答へすべきことぢやないと思ひますわ。その事は、牧子さんが一番よく考へていらつしやる筈ですもの。
貢 あいつには、意志がないんです。したくないことはあつても、したいことはないんですからね。それだけは、僕が一番よく知つてゐますよ。
より江 全くお気の毒ですわ。
貢 あなたの力で、どうか、あいつに、前へ踏み出すことを教へてやつて下さい。あいつは、今、自分の眼の前に大きな幸福が待つてゐることを知つてゐるんです。それを知つてゐながら、どうすることもできずにゐるんです。
より江 でも、さういふことは、誰にだつてありますわ。
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長い沈黙。
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より江 あたくし、また伺ひますわ。今日は少し急ぎますから……。お昼までに帰るつて云つてありますの。
貢 それぢや、御飯はまだでせう。
より江 いいえ、それを済ませて来たものですから、遅れてしまひましたの。一寸した用事でも、
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