。同じこつたよ。(間)今、何してるつて訊きやがつた。
並木の妻 なんて云つたの。
並木 本屋にゐるつて云つといた。
並木の妻 どこの本屋かつて訊きやしなかつた?
並木 訊かない。あいつは、そんなことに興味はないんだ。しかし、お前のことは訊いたぜ。
並木の妻 どんなこと?
並木 学校は何処だとかなんとか……。それに、気味の悪いほど褒めてたぜ。
並木の妻 なんて?
並木 いろんなことさ。それはさうと、あいつ失敬な奴だよ。金がいるならいつでも云へつて云やがつた。
並木の妻 まあ……。でも察してるのね。
並木 久しぶりで会つて、そんなこと云ふ奴があるかい。馬鹿云へつて呶鳴つてやつた。
並木の妻 およしなさいよ、折角深切で云つてくれるのに……。だから食事を一緒につて云ふのも断つたの?
並木 さうさ。(間)あいつに金を借りて、その金で一重帯を買はうか。
並木の妻 あなたにできる、それが……。
並木 できるさ、しようと思へば……。
並木の妻 うそばつかし……。
並木 どうしてさ。どうしてできない?
並木の妻 あなたに、そんなことまでさせたくないわ、いくらなんだつて……。
並木 (真顔で)するよ、お前の為めなら……。
並木の妻 (しんみり)さう云つて下さるだけで沢山。……(急に調子を変へて)ねえ、あなた、ほんとに無理なことはしないで頂戴ね。あたし、なんだか怖くなつたわ。
並木 ……。
並木の妻 あなたが、あゝいふお友達にまで、そんなことの為めに、肩身の狭い思ひをなさりやしないかと思ふと、あたし、ぢつとしてゐられないわ。
並木 だから、何も云ひ出しやしないよ、そんなことは……。たゞ、向うが……。
並木の妻 えゝ、それはわかつてるわ。だから、そんな時、きつぱりと、断はつて頂戴……。気を悪くさせないやうにね。(間)もう、これから、何が欲しいなんて決して云はないわ。
並木 それとこれとは話が違ふよ。都合がつけばいゝぢやないか。
並木の妻 いゝえ、だから、お友達とだけは、綺麗なおつき合ひをして頂戴ね。どんな場合でも卑下をしないですむやうな……。
並木 お前はそんなこと心配しないだつていゝよ。
並木の妻 いゝえ、心配よ、あたし……。ほんとに、今迄、気がつかなかつたの、そのことだけは……。
並木 ……。
並木の妻 あなたも、何時までもぶら
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