ト云へば、「心理的要素を主とする演劇」に於ては、感覚的要素を飽くまでも、第二義的に従属的に置かなければならない。為し得れば、それさへも、常に心理的要素の暗示に役立たしめなければならない――といふことになる。この理論は、今日劇芸術家の常識になつてゐながら、前回にも述べた通り、実際はまだ声を大にして叫ぶ必要があるのであります。
そこで「心理的要素を主とする演劇」にはどういふ形式のものが含まれてゐるかと云へば、これは、今日まで使はれて来た演劇といふ言葉の一層狭義の意味さへはつきりさせればいゝ。平易に考へて、われわれは、狭義の「演劇」といふものをかう定義することが出来る。「俳優又はそれに代るべきものを以て、或る仕組まれた物語を、言葉、身振り、又は科によつて実在化する一種の芸術である。」
この定義は、学者から抗議が出るかもわからない。背景や道具や衣裳や光線は演劇の内容ではないかと云ふかもわからない。
この抗議は簡単に片づけませう。――俳優は必ずしも裸で舞台に立つ必要はない。物語と云ふ以上、その物語の行はれる場所がわかつてゐる。その場所がどんな処か、それを知らせないで物語りが出来るか。時刻も同様である。つまり、それらの要素は、ちやんとこの定義の中に含まれてゐる。
之を要するに、かういふ定義に当て嵌る演劇の本質は、物語りの中に在る。誤解を防ぐために、もつとはつきり云へば、「物語りの仕方」にある。
此の物語は、文学として存在する或る形式のうちに求める場合と、文学の形を成さない「主題」または「筋」の中にのみ求める場合とがある。前者は、その一端を最も簡単な舞台表現である「朗読」に発し、後者は一端を台詞を用ひない人形劇又は影絵に発してゐる。その次に無言劇が来る。活動写真それ自身「タイトル」を除けば影絵と無言劇の中間に位すべきものであります。そして、此の両端を結びつけるものとして、身振りまたは科《しぐさ》をする役と、白《せりふ》、即ち台詞を云ふ役とを同時に併用する一種の形式が存在する。日本の歌舞伎劇にもそれがあります。希臘劇にもある。近代ではポオル・クロオデルの或る戯曲を、さうして演じたことがある。更に、俳優を使はないで、人形、影絵または幻燈を用ひ、その陰で台詞を云ふといふやうな演出上の試みもありました。活動写真に説明や台詞をつけるなども、此の部類に属するものと云へます。
これから漸次、物語の内容に比例して言葉の複雑な表現が要求される。そこで戯曲即ち脚本が、此の種の演劇に必要欠くべからざるものとなり、文字としての「戯曲の言葉」が、そのまゝ声又は動作としての「演劇の言葉」となり、演劇の本質を勢ひ戯曲の中に求めるといふ段取りになる。最も普通に用ひられてゐる演劇といふ言葉は、即ち、此の種の演劇を指してゐるのであります。これだけのことは、はつきり知つて置く必要がある。
「劇《ドラマ》」といふ言葉の有つ内容も、実は此処から出発して考へなければならない。然しながら、これとても、徒らに語原的詮索や、伝統的解釈に甘んぜず、進んで近代の演劇が生んだ様々の舞台表現から、もつと広い自由な「劇芸術の本質」を探究することは、必ずしも無意義ではないと思ふのです。
われわれが厳密な意味で、演劇と称へ得るものは、どの部類に属するものかと云ふ問題は、自ら、明瞭になつたと思ひます。
同じ事を繰り返すやうですが、演劇をして真に「芸術」の名に背かしめないために、われわれの求むべきものは、美術にも音楽にも舞踊にも文学にも求め得られない「演劇それ自身の美」であります。
戯曲の有つ美は、例へば空想の楽しさであります。演劇の有つ美は、例へば現実の快楽でなければならない。それほどの違ひがあるのであります。これは、空想は現実よりも美しいといふやうな哲学と何も関係はありませんが、空想よりも楽しい現実の瞬間があつてもいゝではありませんか。
文字が形になり、声になり、動作になる。これは成る程、同じものゝ異つた表はれではありますが、その印象は美の本質に於て異つたものであります。
文字による表現の方が効果の多い「もの」と、声、形又は動作による表現の方が効果がある「もの」とが、実際われわれの「生活」の中にあるのであります。戯曲は決して文字のみによる表現が目的ではない。文字によつて声、形又は動作を暗示する文学の一形式であると云つて差支へないと思ひます。そこで戯曲の言葉といふものが、小説又は詩の言葉に対して、一種特別な内容を要求する所以なのであります。然し此の文字による声と形と動作の暗示は、たとへそこに戯曲の生命があるとしても、文字が文字である以上の力を戯曲の中に求めることは不可能である。まして、文字で書かれた戯曲が、文学としての存在を主張する以上、書かるべき文字の或る限られた能力以外に、劇作家
前へ
次へ
全25ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング