至二割は謝礼として要求するさ。
飛田 さういふものとは知らず、いきなり、さあさあお持ち帰りをと云つた場合は……?
底野 渡してからでも遅くない。
飛田 しかし、こつちからは、そんな態度を見せない方が奥床しいよ。堂々としてるよ。
底野 いくら言ふことが堂々としてゝも、その扮《な》りぢや人が信用しないよ。却つて、奇麗なことを云ふ方が、物欲しさうだよ。坊主にお経料を訊ねると、へゝお思召でといふやうなもんだ。
飛田 おれは、おれのやつたことを後悔してない。現に、なんにも云はないのに、何れお礼に伺ふと云つてた。
底野 そんなことが当てになるかい。温泉場で玉突の相手をした男だつて、東京へお帰りになつたら是非お遊びになんて云ふよ。
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その時、表で、若い女の声。――『御免遊ばせ。』
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底野 (飛び上るやうに)来たぞ。
飛田 (落ちついて)取次げ。
底野 (玄関に出る)どなた様で……。
女 (丁寧にお辞儀をして)わたくし、原の向うの宇部から使に参つたものでございますが。
底野 あ、あの、鶯の……?
女 さやうでございます。あの、飛田さまとおつしやる方は、只今……。先程、主人が伺ひました節、お目にかゝりましたさうでございますが……。
底野 あ、それならをります。(飛田の方に眼くばせをする)実は、わたくしです。先程は失礼しました。わざわざ、どうも御丁寧に……。
女 それにつきまして、主人が自分で出向きます筈でございますが、却つて業々しく思召すといけませんので、大変失礼でございますが、これを、ほんのお礼のしるしに差上げて参れといふ申附けでございます。どうかお納め下さいまして……。
底野 なんですか、どうも、そんなことをしていたゞくわけはないんですが……いや、折角のなんですから、なにいたしますが、このまゝ、なんですか、なにしてかまひませんか。
女 はあ、どうぞ……。ではごめん遊ばしませ。
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女、去る。
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底野 (奉書に包んだものを飛田の前で開く)
飛田 おれに開けさせろ。
底野 (そばから紙幣を数へ)一、二、三、四、五……。もう一枚ないか。
飛田 ない。
底野 五十円か。相当だな。
飛田 どうだい。やつぱり、おれが不断云ふ通りだ。
底野 うむ、これや成功だ。
飛田 降参したか。おれの主義をもう一度聴かしてやる。犬も歩けば……。
底野 え?
飛田 む?
底野 可笑しいな、少し。
飛田 なるほど、変だ。犬も寝て待てば……か。さうでもないな。
底野 (思ひつき)やあ、どうだい、こいつは、やつぱり、おれの勝ちだ。その金は、おれが手に入れたも同然だ。どら、貸してみろ。
飛田 (むきになり)待て。果報は寝て待て。お前は寝てたか。
底野 (ぐつとつまり)む?
飛田 かういふのは、どういふことになるんだ。金を得たのはたしかにおれだ。おれの運だ。
底野 しかし、その金を得させたのは、おれだ。おれの主義だ。貴様は、おれの方針を守つて寝てゐたんだ。
飛田 それぢや、犬は、歩かずに寝てゐても棒に当るんだ。万歳、万歳。
底野 果報は歩きながら待てだ。万歳。さあ、出掛けよう。
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両人、勢よく起ち上る。
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底本:「岸田國士全集5」岩波書店
1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「浅間山」白水社
1932(昭和7)年4月20日発行
初出:「現代 第十三巻第三号」
1932(昭和7)年3月1日発行
※初出時の題名は「運を主義に委す男」。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:門田裕志
2008年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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