したいことがある。
 戦時国家の政治的推進力と呼ばれる「軍」の重責に関しては、固より、われわれが喋々すべきところではないが、所謂「軍」といふ綜合名称を必要とする立場から、一応、軍部、軍隊、軍人といふものをはつきりわけて考へてみたい。所謂「軍」といふ精神からは、この区別は不必要であるかもわからぬが、国民として、あらゆる現象をさう高所から達観することはできないのであるから、以上の三つの観念は、不即不離にしてかつ、同時に、まつたく独立した機能体であることを徹底させておいてはどうかと思ふ。厳密なそれぞれの定義は私が不用意に下すことは慎みたいと思ふが、常識で考へて、軍部の意見とか軍部の態度とかいふものが、決して軍隊の力とか軍人の特権とかを背景としたものでないにも拘はらず、動もすればさういふ風に響くことが、なんとなく、私にさういふことの必要を感ぜしめるのである。なにはおいても「軍隊の絶対権威」にかけて、「軍部」の政治的動きや、「軍人」の個人的言行に、それぞれの領域に於て、責任の限界性をもたせることが、そんなに困難なことであらうか。
 そこで問題になるのは、軍人といふものゝ性格である。特に専門的な知識と技術とを修得し、帝国軍人たる自覚と矜恃とをもつて各種の重要職務についてゐる将校なるものは、この時局下に於て、国民注視の的となつてゐるだけに、その性格が十分理解されてゐなければならないと思ふ。
 ところが、それらの人物は、将校生徒として青年期の大部分をまつたく独自な環境のなかにおくり、極めて禁欲的な、秩序立つた、清潔な生活法に慣れ、宗教にまで高められた国家意識と、最も単純にして正常なる道徳と、あくまでも男性的、攻撃的な気力とを養ひ、しかも、一面、如何なる日本人も教へ込まれてゐないやうな儀礼と社交の形式を身につけてゐるのである。
 一方、今日の他の社会部門はどうであらうか? すべてが反対とは云はぬけれども、およそ、実際的にみて、右と左の違ひが、あると云へば云へるのである。
 私は常にさう思ふのであるが、これまでわが国の社会現象として、所謂「思想」の摩擦とか「感情」の対立とかゞ問題にされるけれども、いつたい、さうはつきりと「思想」の摩擦や感情の対立が最初から事を面倒にするであらうか? さういふ場合もないではないけれども、やはり、誤解、乃至意志の疎隔が一番われわれ日本人の間に相互の紛糾をかもしだしてゐるのである。
 軍人から見た所謂「地方人」が異様につかみどころのない姿をしてゐることが稀でない如く、他の社会からみた「軍人」がなんとなく近づき難い観のあるのは、まさに、双方の「性格」の表面的相違をあまりに深刻に考へすぎるところにあるのである。
 云ふまでもなく、社会の各部門はそれぞれの使命と職能に応じて、ある点では、ある程度まで、その性格の特色を発揮するのが自然であり、そして、それによつて、人間生活の興味ある多様性が生れるのであるけれども、その間にもつと共通の、理解し易い、互に認容し得るところの面を多分にもち合つてゐることが、文明の常態であり、理想なのであつて、ひとり、軍人と軍人ならざるものとの間ばかりでなく、官僚と民衆の間においてはもとより、現在、わが国の各社会層の間に、およそ人間と人間との接触協調に必要な基礎条件たる、「風俗の共通」を欠いてゐることを、こゝで、はつきり肯定しなければならぬ。
 一つの例として、議会に於ける議員の質問振りをみよう。若し当面の政府委員が仮に軍人である場合、その質問の内容や動機はともかく、言葉の調子とか、ヂエスチユアとか、時には、その演説に対する同僚議員の反応とかいふものが、如何に屡々軍人には「苦々しい」印象を与へるものであるか、これは私の想像であるが、ひとつ腹を割つて訊いてみたいものだと思ふ。
 人間心理の機微はしかし、さういふところにもあるのだといふことを、誰も考へてゐないであらうか。しかも、政治は、その人間心理と離れて存在するものでは断じてないのである。
 今更そんなことを論議してみてもはじまらぬといふものがあれば、私は、敢てこの機会に、こんなことを論議しなければならぬ理由を明かにしよう。
 それは、即ち、待望の新政治体制、並びに国民再組織の本質的な精神につながる課題だからである。
 こゝで私が先づ軍部に希望したいことは、軍部が抱懐する理想は、国民全体を少くとも今日に於ては、名実ともに「武人化」することにあるかも知れぬが、それはまあ理想であつて、そこまでは望まぬといふことをはつきり宣言し、その代り、新しい国民教育の参考として、将校生徒訓育の系統的理論と実際とを差障りのない限り自発的に公開してはどうかといふことである。
 これは一方、社会各層の軍人に対する認識を深め、心ある青年の奮起を促し、軍人自身にとつても、なんらか得
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