、たつた今お出かけになりましたんです。
卯一郎  (手を伸ばし唐紙《からかみ》を開けてみて、別段、驚きもせず)早く飯をつけろ。御給仕をする時は、坐つたまゝするもんだ。さういふ礼儀は覚えとくといゝ。(茶碗に箸をつけると同時に)いかん、やつぱりいかん……(茶碗と箸を下へ置く)下げてくれ。あとにする。(横になる)いざつていふ時は医者を呼べ。津幡を呼べ。大分苦しい。いや、まだまだ……。医者に電話をかける時は、かう云ふんだぞ――「先生にちよつと御意見を伺ひたい」つて……。なに、そいつはおれが云はう。たゞ「至急、お出でを願ふ」と、たゞ、それだけでいゝ。要するに、気休めだ。大丈夫なら大丈夫と、それだけ云つて貰へばいゝんだ。あとは、こつちのもんさ。うん、だんだん苦しくなつて来た。慌《あわ》てることはない。今、電話はあいてるか。誰にも使はすな。奥さんは何処へ行つた。いや、探すには及ばん。こいつは……聊か……。さつきよりもひどいぞ……比較にならん。待て待て。過ぎ去ればよし……さうでなければ、それでもよし……。く……く……苦しい……。まだ、まだ……。おい、何処へ行くんだ。ぢつとして……あゝ、もう、我慢できん
前へ 次へ
全44ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング