もないらしいどころか、この通り、ドキ……ドキドキ……ドキ……立派に途切れてる。早くさう云つて来い。
とま子 いゝわよ、もう先生、お出掛けになつた頃だわ。そんなに心配なさらなくつて大丈夫よ。この前だつて、胃が破れさうだなんて、実際どうもなかつたぢやないの。
卯一郎 胃と心臓は違ふ。おい、もう少し、なんとか、病人のそばにゐるらしくしろよ。ぢつとそんなとこに立つてないで、椅子をこつちへ引寄せるなりなんなり、脈を取るなんて気の利《き》いた真似《まね》が出来なけれや、せめて、はらはらした顔附でもしろ。額に手を当ててみるぐらゐのことは、他人だつてして差支へないことだ。おれがお前なら、医者の来る前に、酸素吸入の用意をするぜ。
とま子 戯談《じやうだん》だわ。そんなに、はつきり物が云へるぢやないの。顔色だつてどうもないし……。
卯一郎 顔色? 顔色が好いのは、どうにもならんさ。十五年間南洋の日にさらしたお蔭だ。はつきり物を云ふから可笑《をか》しいと云ふのか。はつきり云はなけれや、お前にはわかるまい。二十八にもなつて、男の眼附が読めないぢやないか。
とま子 またはじまつた。えゝ、えゝ、あたしは
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