ちよつと、そんな大きな声をなすつていゝの……。
卯一郎 (得意と満足の微笑を末子の方におくり)あんたの顔を見たら、急に元気が出て来ましたよ。しかし、帰つたら、茂七君にもさう云つて下さい。「榊卯一郎も、近来めつきり疲れが出て、なんとなく心細い。親類らしい親類はほかにないんだから、忙しくもあらうが、時には、顔を出してせい/″\陽気な笑ひ声を聞かしなさい」つて……。
末子 それをうちでも、さう云つてるんですよ。ほんとの兄弟みたいに思つてるんだから、ちよく/\行かなきや悪《わる》いんだけれどつて……。それが、あの億劫がりでせう。追ひ出すやうにしなきや、お風呂にだつて行かないんですもの……。それやさうと、ねえ、とま子さん、お願ひがあるの。ほら、こちらの手袋さ、一つ原価でわけて頂けないかしら……。うちで頂いたのは、まだ結構使へるんだけど、お隣りの奥さんが、そんなわけなら、特別に幾らか割引してつておつしやるんでせう、あたし、お安い御用だつて云つちやつたの……。
卯一郎 あゝ、いゝですとも……。たゞで上げたつてかまはないんだけど……。
末子 いゝえ、それや困りますわ。
卯一郎 こつちもさうでない方が都合がいゝから、それぢや、五割引、半額にしときませう。包んでおあげ。まだいゝでせう。
末子 一度どんな様子か見て来いつて云はれたんですの。今日はゆつくりしてられませんわ。ぢや、お大事に……。なんて云つときませうね。大したことはない……つて云ふと、また安心しちまふし……。
卯一郎 まだ今日明日つていふほどのことはないぐらゐなところでどうです。それでいゝですよ。や、どうも失敬……。(大きな溜息をつく)
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末子ととま子は下に降りる。
やがて、卯一郎は、寝台の上に起き上る。
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卯一郎 どんな様子か見て来いとはなんだ。死にかけてゐたら、自分で見舞に来ようつていふのか。心掛けの悪《わる》い奴だ。あ、また苦しくなつて来た。これやいかん……。(寝る)医者を呼ぶとしたら、どいつにするか。(呼鈴を鳴らしながら)おい、奥さん……奥さん……。
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とま子がゆつくり上つて来る。
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卯一郎 なにを愚図々々してる
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