伊賀山精三君に
岸田國士

 十二月号の本誌(「劇作」)に掲載された君の力作『唯ひとりの人』を、たつた今読み了りました。
 佳作だと思ひます。これまでの君は、ここで見違へるほど成長してゐました。「大きくなつたね」と云ひたいところです。君が昨日まで如何にも得意らしく冠つてゐた「赤い帽子」を、いつの間にか投げすてて、静かに椅子の上で「坐禅を組んで」ゐる姿は、誠に頼もしく見えますが、今、君をちよつと驚かして、床の上を歩かしてみたくも思ひます。これは決して僕の悪戯気ではない。君がほんたうに、と云つて悪ければ、永久に、あの「赤い帽子」を脱ぎすてたのかどうかをたしかめたいからです。
 が、これだけ長いものを書いて、筆力と空想に、終りまでたるみを見せなかつたことは偉とすべきです。サルマン風の抒情味は程よく君の好みを生かしてゐ、対話も、まづ、あれだけにこなしてあれば十分でせう。ただ、僕が、この作品の根本的欠陥として指摘したいのは、象徴的にさへ取扱ふべき主題を、徒らに感情の論理化を求めて、著しく印象の混乱を招いてゐることです。言ひ換へれば、人物のそれぞれを理想化しつつ、その心理過程は飽くまでも現実的であ
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