馬が走つて来るので、鬣をつかまへて止めやうとすると、飛び上るほど手が痛かつた。気がついて見ると垣の茨をつかんでゐた。
やはり此の附近に、石杭で細かく仕切りをした畑地がある。
夜中になると、何処からとなく溜息が聞え、続いて、「わしの杭は何処へ打たう」といふ声がする。
これは、その昔、隣の地所へ杭を打つたゝめに死刑に処せられた亡者の怨霊だとなつてゐる。
処が、ある時、面白い男がゐて、その声を聞くと、いきなり、「前にあつた処へ打ちねえな」とやり返した。すると、重荷を卸した人間のやうに、「やあ、どうも有がたう」といつたきり、黙つてしまつた。
此の辺はまた、火の玉がしきりに出る。「聖母の泉」と呼ばれる井戸があるが、そこからは屡々火の玉が現はれて、ホア川の方に飛んで行く。そして、いつの間にか消えてしまふ。
「夜の羊飼」と呼ばれる化物がゐる。風が吹くと、煙突の口から「おい、おい」と怒鳴り、雨が降ると、窓を叩いて、「家の中へ入れてくれ」と訴へる。
かういふ話をしてゐるときりがない。
底本:「岸田國士全集20」岩波書店
1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「言葉言
前へ
次へ
全7ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング