ナある。
 彼は笑はない。彼は小鼻を膨らますのである。
 彼は教へない。目くばせをするのである。
 彼は歌はない。溜息を吐くのである。
 彼は怒らない。目をつぶるのである。

 彼は生涯にたつた七篇の戯曲を書いた。何れも喜劇の部類に属すべきものである。彼をして舞台に興味をもたせたのは、その交友中に、エドモン・ロスタン、トリスタン・ベルナアル、リュシアン・ギイトリイ等がゐた為めに外ならぬが、それらの云はば余技的な作品が今日もなほ悠々たる舞台的生命を保つてゐる所以は、彼が生れながら既に、非凡なる戯曲作家の「息」をもつてゐたからであり、彼が何よりも先づ「魂の韻律」に敏感であつたからである。

 彼は、自ら「自然によらなければ書かない」と宣言しながら、所謂自然主義者たるべく余りに現実の醜さを見透した。そして、その醜さを醜さとして描くためには、あまりに詩人であつた。
 劇作家としてのルナアルは、愈※[#二の字点、1−2−22]古典作家として仏蘭西劇の雛壇に祭り上げられようとしてゐるが、彼の作品はまだそれほど老い込んではゐない。現代仏国の若き作家は、やうやくベックを離れてルナアルに就かうとさへして
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