に躓いた時、すぐ死んでゐると気がついたか?
男――抱き上げてみてわかりました。無論、病人でしたから、急に容態が悪化して、そのまゝ……。
声――それほど重態だつたのか?
男――いえ、可なり元気になつてはゐましたが、病気が病気ですから、突発的に……。
声――そんな病人に一人で留守をさせるといふ法はないぢやないか。
男――それはさうですが、医者の云ふところでは、乱暴なことをしさへしなければ、絶対に危険はないさうです。それだけの心得は病人にも十分云ひ含めてあります。
声――こゝへ来てどれくらゐになる?
男――一年余りです。患《わづら》つてからは、もう三年になります。
声――病人の看護をするのが、そろそろ大儀になつてゐやしなかつたか?
男――いゝえ、決してそんなことはありません。妻は、僕の変らない愛情と心遣ひに感謝してゐました。僕も、どうかして早く癒してやりたいと、そのためにあらゆる努力を惜みませんでした。
声――たゞ、病人を抱《かゝ》へて、生活の不安と闘ふことは、君にとつて、負担が重《おも》すぎやしないか?
男――重《おも》すぎます。しかし、それを軽くするのには、第一に、病人を健康なからだにし
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