眠つてゐるがいゝ、この世の花々しい※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を、遠くから、笑つて見ておいで。(部屋の中を、また歩き廻る)――やあ、先生、長々お世話になりました。お蔭で、家内も、お医者さんの必要がなくなりました。――はゝあ、もうこちらをお引上げですか?――こちらもこちらですが、われわれは、今日限り、人生を引上げます。さあ、家内が御挨拶を申上げるさうです。
声――あツ! これはどうしたといふんです。え? 一体、どうしたんです。
男――御覧の通りです。こいつは、ある男の誘惑を逃れるために、いや、その誘惑に打克つために、死を択ばなければなりませんでした。僕のためにです。おわかりですか。われわれ夫婦は、さういふ間柄になつてゐたのです。死ぬ以外に二人は結びついてゐられないといふ事実、その事実の前に、何の躊躇がいりませう。僕は、先づ、こいつの心臓を突きました。
声――わかりません。わたしには、さつぱりわかりません。
男――いゝえ、あなたに御迷惑はかけないつもりです。それどころか、こいつにしばらくの希望と幸福とを与へて下すつたことでは、僕から幾重にもお礼を申上げます。
声――わ
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