けました。医者が帰つてから、家内は玄関の戸締りのことについて、なにやら弁解がましいことを云ひました。僕はそんなことは気にかけてもゐないやうに、今日は招魂祭だのに、国旗を出し忘れたといふやうなことを喋《しやべ》つたと思ひます。かう申上げると、すぐに、それは不自然だとお考へになるだらう。全くその通りです。僕等としては、修養でそこに至つたなどと云へば、それは真赤な※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]だといふことがわかります。そこが先程も云ひましたやうに、真実の醜さです。僕にさういふ真似《まね》をさせたのは、露骨に云へば打算です。勘定です。つまり、家内の病気が、あの医者の手で直るものなら、自分は一切眼をつぶつてゐよう――さう決心をしたんです。
声――で、二人の関係が何処まで進んでゐるか、それを君は知つてゐるんだね。
男――いや、知りません。知る必要もありません。医者は家内に対する特殊な興味から、商売を離れて治療に全力を尽してくれればよし、家内は、僕に気兼なく医者の指図に従つてくれゝばいゝんです。それが恋愛であらうとなからうと、結果は同じです。いや、寧ろ、ほんたうの恋愛であることが
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