、一番好い結果を生むわけです。
声――君は真面目《まじめ》で、そんなことを云つてるのか。
男――え? どうしてですか。それで、この僕はどうなるとおつしやるんですか。
声――細君の病気が直つて、その医者との関係が続いてゐる場合を考へてみ給へ。それでも君は一|切《さい》眼をつぶつてゐられるか。
男――(急に焦《い》ら焦《い》らして)なんですか? さういふ場合、僕がどうするかとおつしやるんですか? それは考へてゐません。そんな先のことは、まるで考へてゐません。そん時は、そん時で、何か方法があると思ひます。家内は僕を棄てる筈はありません。
声――落ちついて物を言ひ給へ。君はしかし、細君がもう可なり元気になつてゐたと云つたぢやないか。
男――…………。
声――その医者が、最近来たのは何日《いつ》だ?
男――先週の金曜です。毎週金曜に来ることになつてゐます。
声――その医者は何処の医者だ。なんといふ医者だ?
男――…………。
声――どうせわかることだから、早く云ひ給へ。
男――…………。
声――念の為めに訊《き》くが、その医者は君の考へてゐるやうな事実を否認するかもわからない。恐らく否認するだらう。君は、それに対して何か証拠を挙げられるか?
男――証拠と云つて、別に、確かなものはありません。第一、そんなことはどうでもいゝんです。今度の事件となんにも関係はないんですから……。
声――それはどういふんだね。君にどうしてそれがわかる?
男――いや、僕の云ふのは……その医者が犯人……つまり、家内《かない》を殺したのではなからうと云ふんです。さういふ理由がどうしても成り立たないんです。
声――余計なことを云はなくつてよろしい。この部屋は君がはひつて来た時のまゝになつてるね。
男――家内のからだは、多少位置が変つてゐます。
声――この辺が散らかつてるのは……。
男――あ、それは僕が……。
声――何を探したんだ?
男――失《な》くなつてゐるものはないかどうか、それを先づ調べました。窃盗の目的ではひつたとすると……。(突然調子を変へ)あゝ駄目、駄目、なつちやゐない。しどろもどろだ。(静かに妻の死骸に近づき)シイ坊、やつぱりおれは、生きてゐようといふのが間違ひだつた。お前を失ふ悲しみは二つはない筈だ。おれは二度、三度、お前の死を間近に控へて、心に祈つたものだ――「この女の命を救つてくれ。おれはど
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