いふことでも云はなければなりませんでした。
人々は夜の更けるのを忘れてゐるやうでした。
新聞記者のT氏が、何やら大声で、面白さうな話をしてゐました。いつの間にか、わたくしたちも、その話に耳を傾けてゐました。
「…………すると、婆さんは考へた――今度こそ眼に物見せて呉れよう。
その翌日、婆さんは、何時もの通り、鍋でスープを煮ました。が、その日は、それを火にかけたまゝ、仕事に出て行きました。
狼は、そんなことゝは知らずに、またやつて来て、鍋の中に顔を突つ込んだ。
――熱いツ――狼は、驚いて舌をひつ込めた。そのはづみに、鍋がひつくり返つて、くらくら煮え立つたスープを、頭からひつかぶりました。
狼はほうほうの体で逃げ帰り、いまいましさうに、この事を仲間に告げました。
――畜生、そんなら、あの婆を食つちまへ、といふことになつた。
その晩、狼たちは、大挙して婆さんの家を襲ひました。
婆さんは、丁度、おもてゞ涼んでゐました。何十匹といふ狼に取巻かれて、もう逃げるにも逃げられません。しかたがなしに、そばの杉の木に登りはじめました。
「それツ」と、狼たちは、その杉の木の根もとにつめ寄つ
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