心は暗くなつた。暗くなるだけならいゝが、いやに動悸が高まるのでした。
わたくしはその頃、O君の勧めで、なぐさみ半分に絵を描いてゐました。一緒に絵具箱などをかついで、写生に出掛けたりしました。
カン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スの周囲に子供たちが集つて来ました。O君の画とわたくしの画とを見比べて、大方の子供は、わたくしの方に寄つて来ました。そして、O君の耳にもはいるほどの声で、「こつちの方がうまいや、ねえ」などゝ、さもお世辞らしく囁いてゐるのを気にしながら、空を青く、雲を白く、そして木の葉を緑に染めてゐました。
マドムアゼルP……は、わたくしを画かきだと思ひ込んでゐました。
「肖像もお描きになるの」
踊りが一とわたり済んで、一隅のテーブルに腰を卸ろした二人は、そんな風に話をしだしました。
わたくしはO君の奥さんを、一度描きかけて、どうにもならなくなつたことを想ひ出しました。
「いゝえ」
「あら、風景だけ……」
「それから、静物も…………」
やれやれ、マドムアゼルP……は、がつかりしたやうに横を向きました。
「あした、写真を撮つてあげるから、いらつしやい」
さう
前へ
次へ
全8ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング