心は暗くなつた。暗くなるだけならいゝが、いやに動悸が高まるのでした。

 わたくしはその頃、O君の勧めで、なぐさみ半分に絵を描いてゐました。一緒に絵具箱などをかついで、写生に出掛けたりしました。
 カン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スの周囲に子供たちが集つて来ました。O君の画とわたくしの画とを見比べて、大方の子供は、わたくしの方に寄つて来ました。そして、O君の耳にもはいるほどの声で、「こつちの方がうまいや、ねえ」などゝ、さもお世辞らしく囁いてゐるのを気にしながら、空を青く、雲を白く、そして木の葉を緑に染めてゐました。

 マドムアゼルP……は、わたくしを画かきだと思ひ込んでゐました。
「肖像もお描きになるの」
 踊りが一とわたり済んで、一隅のテーブルに腰を卸ろした二人は、そんな風に話をしだしました。
 わたくしはO君の奥さんを、一度描きかけて、どうにもならなくなつたことを想ひ出しました。
「いゝえ」
「あら、風景だけ……」
「それから、静物も…………」
 やれやれ、マドムアゼルP……は、がつかりしたやうに横を向きました。
「あした、写真を撮つてあげるから、いらつしやい」
 さう
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