んみりと
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――熱は、一週間ぐらゐで、ずつと引いてしまつたわ。食慾もつくし、元気も出て来たわ。牛乳を欲しがるつたら、ないの。でも、食べものは、なんでも珍しがつて食べるの。特別に洋食を取るなんてこともなかつたわ。危《あぶな》つかしい手つきで、お箸を持つてみたりするの。あたしが教へたのよ。見てると、面白いより、気の毒になるの。遠い、違つた国へ来て、かうして病気なんかになつて……そんなことを思ひながら、そばでお給仕をしてると、つい、親身《しんみ》に世話をしてやりたくなるわ。

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何時《いつ》の間にか、椅子にかけてゐる。
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――それに……さうだわ……。丁度、あの頃は、あたしにも、云ふに云はれない苦労があつたんだわ……。三年も一緒に暮した男と、あんないきさつから、別れたばかりだつたし、これから、一人で食べて行くんだつていふ気持の張りから、仕事にもうんと熱を入れ出した時分だわ……。夜中にでも、ちよつと咳《せき》が聞えると、どんなに眠く
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